弁護士コラム

親族間の特殊事情により低額に設定されていた建物賃料について、建物の譲渡後に新賃貸人からの賃料増額請求が認められた事例

2026.09.07

【賃貸人からの相談】

私は、3か月ほど前、東京都内にある商業ビルを一棟、投資用として購入しました。テナントが入居したままの、いわゆるオーナーチェンジによる購入で、前の所有者も、このビルを建てた会社から買い取ったものだそうです。

購入後に賃貸借契約書を確認したところ、地下1階と1階でパチンコ店を営業しているY1社の賃料と共益費が、同じビルの他のテナントに比べて、面積あたりで3割ほど低く設定されていました。また、2階の一部には、Y1社のパチンコ店の景品交換所を運営するY2社も入居しており、こちらの賃料も同じように低額です。

事情を調べてみたところ、Y1社の社長は、このビルを建てた元の所有会社の社長の子であり、契約当時、親子関係を背景に相場より安い賃料で契約したということでした。契約書には、賃料を増額しない旨の特約は書かれていません。

私はY1社ともY2社とも何の縁もありませんし、ビルの購入価格も相場並みの賃料を前提に決めています。このままの賃料では採算が合いません。

私は、Y1社とY2社に対して、賃料と共益費を他のテナント並みの水準まで引き上げるよう請求することができるのでしょうか。

建物賃料の増額請求と借地借家法32条

建物の賃料は、契約後に事情が変われば、当事者の一方的な意思表示によって賃料を改定することができることが法律で認められています。これを定めるのが借地借家法32条です。

同条1項は、建物の借賃が、
①土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、
②土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、
③又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、
契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる、と定めています。

他方で、同項ただし書は、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約(不増額特約)がある場合には、その定めに従うとしています。したがって、契約書に「賃料は○年間増額しない」といった条項がある場合、その期間中は増額請求をすることができません。

このように、賃料の不増額特約がない限り、賃貸人は、一定の事情があれば賃料の増額を請求することができます。

しかし、賃貸人が増額を請求しても、賃借人がこれに納得するとは限りません。この場合について、借地借家法32条2項は、建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りると定めています。そして、同項ただし書は、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付して支払わなければならない、としています。

つまり、賃貸人が増額を請求しても、直ちに増額後の賃料の支払を強制できるわけではなく、賃借人は自らが相当と考える額(通常は従前の賃料額)を支払っていれば、原則として賃料不払を理由とする契約解除を受けることはないと考えられています。最終的な清算は、裁判が確定した後に、不足額と年1割の利息という形で行われることになります。

そして、賃料の増額の可否は、双方の合意が得られなければ、民事調停の申立て等、裁判所を介した手続きをしなければ解決しないということになります。

したがって、実務上は、内容証明による増額の意思表示 → 任意交渉 → 賃料増額調停 → 賃料増額請求訴訟という流れをたどることになります。

本件の主たる争点は

本件は、東京高等裁判所平成18年11月30日判決をモチーフにした事例です。

この事案の建物は、もともとA社が所有し、地下1階と1階をパチンコ店を営むY1に、2階の一部をその景品交換所を営むY2に賃貸していました。A社の社長とY1の社長は親子であり、賃料も共益費も、同じ建物の他のテナントと比べて著しく低く設定されていました。

その後、建物は別の会社を経てXに売却され、Xが賃貸人の地位を引き継ぎました。従前の賃料は、Y1が月額159万5830円(共益費込みで約203万円)、Y2が月額5万8100円(共益費込みで約7万円)でしたが、Xは、これを共益費等込みで月額511万8000円、月額15万7000円に増額する旨の意思表示をし、増額後の賃料の確認を求めて提訴しました。第一審はXの請求を一部認容し、控訴審もこれをほぼそのまま維持しました。

主な争点は、次のとおりです。

① 賃貸人・賃借人間の親族関係という特殊事情が消滅したことが、借地借家法32条1項が定める「事情の変更」に当たるか
② 適正な賃料額をどのような方法で算定するか
③ 相当賃料額をどのように定めるか(適正な実質賃料額まで一気に増額されるのか)

裁判所の判断

控訴審は第一審判決の理由をそのまま引用して維持しているため、以下では第一審判決の判断を紹介します。

争点①について(特殊事情の消滅と「事情の変更」)

Xは、親子関係という特殊事情のために低く抑えられていた賃料は、建物の売却によってその事情が消滅した以上、借地借家法32条1項の「事情の変更」により増額できると主張しました。Yらは、当初の賃料はもともと相当な額であった、親族関係の変化は同項の増額理由にならない、契約から相当の期間も経過していない、と反論しました。

第一審判決は、本件の賃料が他の賃借人の賃料などと比べて著しく低額であり、その理由は親子関係などの特殊事情にあると認定したうえで、次のように述べました。

借地借家法32条1項は,従前の賃料が客観的に不相当となったときに,公平の観念から,改定を求める当事者の一方的意思表示により,従前の賃料を将来に向かって客観的に相当な金額に改定することを認める規定であり,その趣旨からすれば,同項が定める事情の変更は例示に過ぎず,前記のような特殊事情の変更であっても,賃料増減額請求をするための要件となり得るものと解すべきである。
また,現行の賃料が定められてから相当期間が経過したことは,賃料増減額請求権発生の独立の要件ではなく,不相当性判断の事情として斟酌すれば足りるものというべきである。

争点②について(適正な賃料額の算定方法)

Xは、自ら依頼したH鑑定に基づき、従前の賃料が合意された時点の適正な賃料をまず算定し、そこからスライド法などを適用して現在の賃料を求めるべきだと主張しました。Yらは、物価等の変動に連動させるスライド法によれば指数はマイナスであり、増額すべき事情はないと主張しました。

第一審判決は、本件の増額請求は経済事情の変動ではなく当事者間の個人的な事情の変更を理由とするものであるとして、次のように述べました。

Xの本件賃料増額請求は,経済事情の変動とか,近傍同種の建物の借賃に比較して不相当になったといった経済的,社会的な事情の変更を理由とするものではなく,主観的個人的な事情の変更を理由とするものであることに照らすと,本件各賃貸部分の相当賃料額を算定するに当たっては,従前の賃料額を基礎にその後の物価変動率等をスライドさせるスライド法を用いることは適切でなく,積算法及び賃貸事例比較法を用いて平成15年10月1日時点(価格時点)における適正な実質賃料を試算するのが相当である。

Xが依頼したH鑑定についても、従前の賃料が当事者間で合意されて定められたものである以上これを無視することは相当でないとして、採用しませんでした。そのうえで、裁判所の鑑定(G鑑定)に基づき、適正な実質賃料を、Y1の賃借部分につき月額362万5748円、Y2の賃借部分につき月額12万0231円と認定しました。

争点③について(相当賃料額)

Xは、適正な実質賃料額までの増額を求め、Yらは、そもそも増額の理由がないと主張しました。第一審判決は、従前の賃料額と適正な実質賃料額を対比したうえで、次のように述べて、両者の中間の額を相当賃料額としました。

上記各賃料との間には倍以上の大きな乖離が存在するところ,賃貸人と賃借人間の個人的な特殊事情が消滅したとはいえ,直ちに賃料額を一般的な水準にまで増額させることは相当でなく,公平の観念から,その中庸値をもって相当賃料額と認めるのが相当である。
これによれば,Y1の上記賃貸部分につき261万0789円,Y2の上記賃貸部分につき8万9166円となる。

ここでいう中庸値は、従前の賃料額と適正な実質賃料額との単純平均です(Y1について、159万5830円と362万5748円の平均が261万0789円)。

共益費について

Xは、共益費も他のテナント(坪当たり3000円)より低い(平均坪当たり約2000円)として増額を求め、Yらは、共益費は主にエレベーターの費用であり、階段で行き来できる地下1階・1階は現行の額で十分だと反論しました。第一審判決は、エレベーターの費用の違いで共益費に差を設ける合理性はないとしたうえで、次のように述べて、共益費を他の賃借人と同じ水準まで増額しました。

共益費は,賃料と比べて実費負担的要素が強いことからすれば,他の賃借人が負担している額までこれを増額させるのが相当である。

その結果、第一審判決は、賃料と共益費(及び電飾看板料)を合算して、Y1の賃借部分につき月額323万8829円、Y2の賃借部分につき月額11万5716円と認定しました。

控訴審の判断

控訴審では、Xは自ら依頼した鑑定を採用すべきだと主張し、Yらは裁判所の鑑定の手法を批判しましたが、控訴審はいずれも退け、中庸値をもって相当賃料額とした第一審の判断に不当な点はないとして維持しました。変更されたのは電飾看板料の認定額(月額2000円を2万円に訂正)だけで、Y1の賃借部分の賃料は月額325万6829円(共益費・電飾看板料込み)となり、Xの請求額(月額511万8000円)の約6割にとどまりました。

まとめ

本判決は、親族間の「身内価格」で設定された賃料であっても、建物の譲渡や相続によって当事者関係が変われば、借地借家法32条1項に基づく増額請求により是正される余地があることを示しています。

もっとも、直ちに相場並みの賃料まで増額が認められるとは限らず、本件では公平の観点から、従前の賃料額と適正な実質賃料額の中庸値(両者の平均額)にとどめられました。

賃貸物件を購入や相続によって取得する際には、既存の賃貸借契約の賃料水準とその設定経緯を確認しておくことが重要であると考えられます。

この記事は、2026年9月6日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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