
【借地人からの相談】
私の会社は、東京都内の土地を昭和40年代から地主から借り、そこに社屋を建てて事業を行ってきました。地代は、その後何度か改定され、平成22年に月額38万7000円とすることで地主と合意して以来、10年以上そのまま支払い続けています。契約書には、地代を増額しない旨の特約はありません。
数年前、もとの地主が亡くなって相続人が土地を引き継ぎ、その相続人がこの土地を大手の不動産会社に売却しました。それ以来、地代はその不動産会社に支払っています。
先日、この不動産会社から、「不動産鑑定の結果、現在の地代は不相当に低い」として、地代を月額83万円余りに増額する旨の書面が届きました。今の2倍以上の額であり、とても納得できません。
私の会社は、この増額に応じなければならないのでしょうか。話合いがつかずに裁判になった場合、地代の額はどのように決まるのでしょうか。また、決着がつくまでの間、いくらの地代を支払っておけばよいのでしょうか。
地代の増額請求と借地借家法11条
借地の地代は、契約で定めた額であっても、その後の事情の変化に応じて、当事者の一方的な意思表示により改定を求めることができます。これを定めるのが借地借家法11条です。
同条1項は、地代が、
①土地に対する租税その他の公課の増減により、
②土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、
③又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、
契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代の額の増減を請求することができる、と定めています。
ただし、一定の期間地代を増額しない旨の特約(不増額特約)がある場合には、その定めに従うとされています(同項ただし書)。
また、増額請求は、意思表示が相手方に到達した時に効力を生じます。したがって、その後の交渉や調停、裁判で地代の増額が決まるまでに時間がかかっても、増額の効果は請求の書面が届いた時点に遡って発生します。
他方で、地主から増額を請求されても、借地人が直ちに増額後の地代を支払わなければならないわけではありません。
同条2項は、地代の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代を支払うことをもって足りると定めています。ただし、裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付して支払わなければなりません(同項ただし書)。
では、裁判になった場合、地代の額はどのように決まるのでしょうか。増額請求の当否が争われる訴訟では、増額請求の時点における適正な地代(継続賃料)の額が、裁判所の選任する不動産鑑定士の鑑定によって判断されるのが通例です。
継続賃料の鑑定では、一般に、新規に貸す場合の賃料と現行賃料との差額を当事者間で配分する差額配分法、直近合意時の利回りを現在の土地価格に当てはめる利回り法、直近合意時の賃料に物価や地価の変動率を乗じるスライド法といった手法が併用され、それぞれの試算額を総合して鑑定額が導かれます。どの手法をどの程度重視するかによって結果は変わるため、当事者が依頼した鑑定と裁判所が選任した鑑定人による鑑定とで、大きく異なる数字が出ることも珍しくありません。
本件の主たる争点は
本件は、東京地方裁判所令和6年6月27日判決をモチーフにした事例です。
この事案の土地は東京都内にあり、昭和42年に当時の地主と借地人Y社との間で賃貸借契約が結ばれたものです。当初の地代は月額9000円でしたが、その後改定を重ね、平成22年7月に月額38万7000円とする合意がされました。その後、地主の相続を経て、平成28年12月に土地は不動産会社Xに売却され、Xが地主の地位を引き継ぎました。
Xは、令和3年5月、Yに対し、書面で地代の増額を請求し、増額後の地代額の確認を求めて提訴しました。従前の地代は月額38万7000円であったところ、Xは自ら依頼した鑑定に基づき月額83万1000円への増額を請求しました。
これに対し、Yは、増額が認められるとしても自ら依頼した鑑定の結果である月額51万3400円を上回らないと反論しました。
最終的に裁判所が認めたのは月額59万2000円でした。
本件の主な争点は、次のとおりです。
① 直近合意の地代が、増額請求の時点において不相当となったといえるか
② 増額請求の時点における本件土地の相当な地代の額
裁判所の判断
裁判所による鑑定の実施
Xは、直近合意から増額請求まで約10年10か月にわたり地代が改定されておらず、適正な継続賃料との間に相当の乖離があるから、現行地代は不相当に低廉になったと主張しました。これに対しYは、増額の必要性を争い、仮に増額が認められるとしてもY側の鑑定額を上回らないと主張しました。
このように双方の鑑定額が大きく食い違ったため、裁判所は、当事者双方の申出に基づき、不動産鑑定士に対し、直近合意時点を平成22年7月1日とした場合の令和3年5月11日時点における本件土地の適正な継続賃料額について鑑定を命じました。その鑑定の内容について、判決は次のように述べています。
| 本件鑑定は、要旨、上記鑑定事項の賃料額につき、差額配分法、利回り法及びスライド法により試算賃料を算出した上、各手法の特徴や本件の特殊性を考慮した各試算賃料に係る説得力を吟味し、これらを均等に関連付けて、月額59万2000円と評価した。 |
争点①・②について(現行地代の不相当性と相当な地代の額)
裁判所は、この鑑定の信用性について、次のように述べました。
| 本件鑑定は、専門家たる鑑定人が中立かつ公正な立場から、その学識経験に基づき鑑定評価を行ったもので、採用した基礎資料や鑑定評価の過程に不合理な点は見当たらず、本件鑑定は信用することができる。 |
そのうえで、現行地代が不相当となったか、相当な地代はいくらかについて、次のように判断しました。
| 上記鑑定評価額である月額59万2000円を相当に下回る本件土地の現行賃料額は、直近合意時点から増額請求時点までの間の経済事情の変動等により不相当になったものと認められ、増額請求時点における本件土地の相当賃料額は、月額59万2000円と認められる。 |
こうして裁判所は、Xの増額請求の書面が到達した令和3年5月11日以降、本件土地の地代が月額59万2000円に増額されたことを確認しました。従前の地代からは約53%の増額となる一方、Xが求めた額は大きく下回っており、訴訟費用の20分の11はXの負担とされました。
まとめ
本判決は、直近の地代合意から約11年が経過し、裁判所が命じた鑑定による適正賃料を現行地代が相当に下回っていることを理由に、地代の増額を認めました。地主側の鑑定額と借地人側の鑑定額が大きく食い違う中で、裁判所は、双方の鑑定ではなく、裁判所が選任した鑑定人による鑑定額をそのまま採用しています。
増額幅に関する具体的な事情は判決文からは不明ですが、53%という増額幅を認めた裁判例として参考になる事例です。
この記事は、2026年9月22日時点の情報に基づいて書かれています。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。
