弁護士コラム

「全てを姉に託します」と書かれた自筆証書遺言について、筆跡の相違と遺言者の真意への疑問から遺言を無効とした事例

2026.10.13

【相続人からの相談】

先日、妹が亡くなりました。妹には子がなく、夫も先に亡くなっています。両親も既に他界しており、相続人は兄の私と姉Yの2人です。

妹とは、昔、父の遺産分割をめぐって揉めたことがあり、その後は疎遠になっていました。

妹の死後、姉Yから、妹の家のたんすの引出しから妹名義の遺言書が見つかったと連絡がありました。そこには「全てをYに託します」と書かれており、家庭裁判所での検認も済んだそうです。姉は、妹から「遺言書は仏壇の引出しに入れた」と聞いていたと言っています。

しかし、遺言書の字は、私の知っている妹の字とは違うように見えます。姉は、筆跡が同じだとする筆跡鑑定の書類や、妹が書いたというエンディングノートを持ち出していますが、私にはどれも妹が書いたものとは思えません。

検認が済んだ遺言書でも、その効力を争うことはできるのでしょうか?

自筆証書遺言の方式と、遺言の有効性の争い方

自筆証書遺言は、民法968条1項により、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならないとされています。平成30年の相続法改正(平成31年1月13日施行)により、財産目録は自書しなくてもよいことになりました(同条2項。ただし目録の各ページに署名押印が必要です)が、本文は今も全て自書しなければなりません。なお、令和8年の民法改正により、令和9年6月23日からは押印が不要となる予定ですが、全文・日付・氏名の自書が必要であることに変わりはありません。

遺言書の保管者や、遺言書を見つけた相続人は、家庭裁判所に検認を請求しなければなりません(民法1004条1項)。もっとも、検認は遺言書の状態を確認して偽造・変造を防ぐための手続であり、遺言が有効か無効かを判断するものではありません。そのため、遺言の効力を争う相続人は、遺言無効確認訴訟を起こすことになります。

遺言無効確認訴訟では、遺言書が法律の定める方式に従って作成されたこと、つまり遺言者が自書したことは、遺言が有効だと主張する側が立証しなければならないとされています(最高裁判所昭和62年10月8日判決・民集41巻7号1471頁)。

自書かどうかの判断では、筆跡鑑定の結果だけでなく、遺言の内容が遺言者の生前の意思や人間関係に照らして合理的か、作成の経緯や保管の状況に不自然な点はないかといった事情も、あわせて考慮されるものと考えられます。

なお、兄弟姉妹には遺留分がありません(民法1042条1項)。そのため、「全てを姉に」という遺言が有効であれば、相談者は遺留分侵害額請求もできず、何も受け取れないことになります。このため、兄弟姉妹の間の相続では、遺言の有効性そのものが最大の争点になりやすいといえます。

本件の主たる争点は

本件は、東京地方裁判所令和4年4月28日判決をモチーフにした事例です。

子のいない女性(被相続人)が亡くなった後、「全てをYに託します」と書かれた被相続人名義の自筆証書遺言が見つかり、姉Yの申立てにより検認されました。兄Xは、遺言書は被相続人が自書したものではないなどと主張して、Yに対し、遺言無効確認を求めて提訴しました。

本件の主な争点は、次の2つです。
① 被相続人は本件遺言書を自書したか
② 「全てをYに託します」という遺言は、内容が不明なため無効か

②について、Xは「託す」は「任せる」という意味で、遺贈を意味するとは限らないと主張し、Yは包括遺贈と解釈できると反論しました。しかし、本件では、裁判所は①で結論が出たため、②については判断していません。

裁判所の判断

1 署名部分の筆跡の差異

本件では、被相続人が書いたことに争いのない筆跡資料(生前の手紙や日記など)がありませんでした。そこで裁判所は、Yが被相続人の作成と主張し、Xも被相続人が作成した可能性が高いとしていた被相続人からX宛ての書簡と、遺言書の筆跡を比べました。

Yは筆跡が同じだと主張し、Xは署名の一部の文字の書き方が違うと主張しました。裁判所は、署名部分の2つの文字について、画の向きや、複数の画が一筆で書かれているかどうかといった差異を具体的に指摘したうえで、次のように述べました。

両筆跡は、さほど目立った特徴があるものではないが、本件遺言書における筆跡の方が全体的にやや角ばっている。(中略)
本件遺言書の筆跡と書簡(乙4)の筆跡には、一般にあまり大きな変化がないと考えられる署名部分において以上のような差異があることからすると、本件遺言書の筆跡が被相続人の筆跡と同一であると断じることはできず、本件遺言書の筆跡のみからは、被相続人が本件遺言書を自署したと認めることはできない。

2 筆跡異同診断書の信用性

Yは、筆跡が同一だとする筆跡異同診断書を提出しました。これに対しXは、診断書は署名の一字のわずかな特徴を根拠にしたもので、しかも4つの対照資料のうちその特徴があるのは1つだけだと反論しました。

裁判所は、次のように述べて、診断書の信用性を否定しました(〔 〕内は、遺言者の氏名にかかわる部分を筆者が置き換えたものです)。

しかしながら、同診断書で対照資料とされた複数の筆跡が被相続人のものか否かについては当事者間に争いがあり、これらが被相続人の筆跡であることを認めるに足りる証拠はない。その点を措くとしても、①同診断書は、本件遺言書における〔署名中のある文字〕の第5画が左払いではなく左凸型の湾曲になっていることを指摘した上で、被相続人の自署とされる対照資料においても同様の特徴があるとして、本件遺言書の筆跡は被相続人のものと結論付けているが、そのようなわずかな特徴をとらえて筆跡の同一性を認めることができるか疑問であるし、しかも4つの対照資料のうち〔その文字〕の第5画が左払いではなく左凸型の湾曲になっているのは1つにすぎないこと、②同診断書には、「共通文字や平仮名には、随所に類似性が観察されており、また〔被相続人の氏名〕部分を文字列として観察した際には、文字の大きさ比率や、文字の間隔、文字列の偏向状況などにも、近似した数値や類似性が観察されています。」との記載があるものの、類似性が観察されるとする具体的根拠が記載されていないこと、③同診断書は、前記のような〔署名中の2つの文字〕の差異について何ら合理的な説明を加えていないことなどからすると、同診断書の信用性は十分でないといわざるを得ない。

3 遺言の内容は被相続人の真意に合致するか

Yは、被相続人はYの家族と仲が良かった一方、Xとは父の遺産分割をめぐって絶縁状態にあったと主張しました。被相続人は遺言書の約11年前に、Xに遺産相続の放棄を求める書簡まで送っていたので、Yだけに遺産を遺す内容は被相続人の真意に合い、自書を裏付けると主張しました。

これに対し、裁判所は、まず書簡について次のように述べました。

確かに、被相続人は、平成14年10月31日付けで、Xに対し、(中略)書簡(乙4)を送付しており(中略)、この頃、Xと被相続人との間で何らかの衝突があり、被相続人がXに自らの遺産を相続させたくないと考えるに至ったようにも思われる。
しかしながら、被相続人がXに対して上記書簡を送付した経緯等についてのYの主張を的確に裏付ける証拠はない(中略)。また、被相続人が上記書簡を送付したのは平成14年であり、その頃と同じような意思を平成25年時点においても有していた保証もない。

なお、Yは、陳述書の提出と人証申請を期限付きで約束しながら、二度にわたり期限までに行いませんでした(判決は、上記の中略部分でこの経過を指摘しています)。

次に、裁判所は、遺言書の渡し方と保管場所について、次のように述べました。

そもそも、被相続人が真にXに対して遺産を相続させたくないという意思を有していたのであれば、それを確実に実現するため、Yに対して遺言書を直接交付するか、少なくとも、遺言書の保管場所を正確に伝えておくのが自然である。ところが、被相続人は、Yに対して遺言書を直接交付していないことはもちろん、Yの主張によれば、遺言書の保管場所を正確に伝えていなかったというのであり(Yの主張によれば、被相続人は、平成26年2月からがんにより入院しており、入院中に、Yに対し、遺言書を仏壇の引出しに入れたと説明していたが、実際には仏壇に遺言書はなく、たんすの引出しに入っていたとのことである。)、不自然な印象は否めない。

さらに、遺言の内容そのものについても、次のように述べました。

また、Yの主張によれば、本件遺言書が作成されたとされる平成25年4月の段階では、被相続人はまだ入院していないはずであるから、入院中のYの世話に感謝してYにのみ遺産を相続させる判断をするとは考えられない。それ以前の付き合いを考慮してYにのみ遺産を相続させようと考えた可能性もないではないが、Yの主張によれば、被相続人はYの娘であるD及びその家族と特に親しく付き合っており、Dの夫であるEのことを頼りにしていたとのことであるから、これらの者に一部でも遺産を相続させたいと考える方が自然であるように思われる。
そうすると、本件遺言の内容が被相続人の意思に合致するかについては疑問が残るといわざるを得ない。

Yは、被相続人が作成したエンディングノートにも、Yに全財産を相続させたい旨が記載されていると主張しましたが、裁判所は、次のように述べてこれも退けました。

しかし、①このノートの筆跡についても被相続人のものと断じることはできないこと、②Yの主張によれば、この時点でもまだ被相続人は入院していないはずであり、「姉でお世話になったから」(乙1)との理由でYに全財産を相続させたいとの意思を有するか疑問が残ること(中略)、③Yの主張によれば、このノートについても被相続人から直接交付を受けたものではなく、本件遺言書と一緒にたんすに入っていた(すなわち、被相続人から正確な保管場所を告げられていなかった)ことからすると、このノートが被相続人によって作成されたとは認めるに足りず、このノートに記載された内容が被相続人の意思に合致するとは認められない。

裁判所は、以上をまとめて次のように述べ、本件遺言が無効であることを確認しました。

したがって、本件遺言の内容が被相続人の意思に合致するとまでは認められず、本件遺言の内容を根拠に被相続人が本件遺言書を自署したと推認することはできない。
以上のとおり、本件遺言書の筆跡又は本件遺言の内容を根拠に被相続人が本件遺言書を自署したと推認することはできず、その他に被相続人が本件遺言書を自署したと認めるに足りる証拠はない。

まとめ

本判決では、自書を立証しなければならない側のYが筆跡鑑定書を提出しましたが、対照資料や根拠が弱く、自書の証明に失敗しています。筆跡そのものだけでなく、遺言の内容の合理性や、遺言書の渡し方・保管状況の不自然さも、自書を否定する方向で考慮されています。

このように、自筆証書遺言は、死後に筆跡が争われると遺志が実現しないおそれがあります。確実に遺志を実現したいのであれば、公正証書遺言や、法務局の自筆証書遺言書保管制度(遺言者本人が出頭して本人確認を受け、検認も不要)を利用することが考えられます。

この記事は、2026年10月3日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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