弁護士コラム

固定資産評価額の半分以下の金額で売却したことについて、不当に低額で売却したかが問題となった事例

2026.08.11

遺言執行者が遺産不動産を固定資産評価額より低額で売却したことについて、「不当に低額で売却した」かが問題となった事例

【相続人(売主)からの相談】

私たち三人は、平成23年に亡くなった姉から、東京都杉並区にある土地(地積合計356.12平方メートル)と、その土地上の建物(昭和45年築の木造2階建て。姉の夫が営んでいた診療所兼住宅)を、各三分の一の割合で相続しました。

姉の遺言公正証書には、所有権移転手続が終わったら速やかに信託銀行に換価手続を依頼し、金銭で受け取るようにと書かれており、遺言執行者にもその信託銀行が指定されていました。売却は、信託銀行から紹介された不動産会社と一般媒介契約を結んで進めました。

ところが、この不動産会社が買主候補として打診したのは不動産業者4社だけで、提示額は3000万円が2社、3500万円が1社、最も高い1社でも4000万円でした。

結局、最高額を提示した業者の社長個人に、4200万円で売却しました。当時は説明を受けて納得したつもりでした。

 

しかし、後になって調べたところ、土地の固定資産評価額は合計1億0215万2300円あり、私たちが依頼した不動産鑑定士の鑑定評価額は1億4530万円でした。売却価格との差は6000万円以上です。

確かに、この土地は道路に接する路地状部分の幅員が2.86メートルしかなく、条例の基準である3メートルに満たないため、原則として建物を建て替えられないという説明は受けていました。

しかし、隣の土地の一部を譲ってもらうか借りるかすれば解消できたはずですし、指定流通機構(レインズ)に登録して広く買主を募っていれば、もっと高く売れたのではないかと思っています。

遺言執行者である信託銀行や、媒介をした不動産会社に対し、安すぎる価格で売却した責任を問うことはできるのでしょうか。

遺言執行者や不動産仲介業者が負う義務とは

本件は、東京地方裁判所平成28年12月14日判決をモチーフにした事例です。

遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法1012条1項)。同条3項は民法644条を準用しており、遺言執行者は善良な管理者の注意をもってその職務を処理する義務を負います。

不動産の売買の媒介を依頼された宅地建物取引業者も、媒介契約に基づき、依頼者に対して善管注意義務を負います(民法656条、644条)。もっとも、指定流通機構への登録が法律上義務づけられているのは専任媒介契約を締結した場合であり(宅地建物取引業法34条の2第5項)、一般媒介契約にはこの登録義務はありません。

本件の主たる争点は

本件の主たる争点は、固定資産税評価額が1億円を超える物件について、売却価格4200万円が不当に低額といえるか、そして、遺言執行者である信託銀行と媒介をした不動産会社に善管注意義務違反があったかどうかでした。

裁判所の判断

裁判所は、売却価格が不当に低額であるとは認められないとして、相続人らの請求をいずれも棄却しました。以下、判決文を引用しながら解説します。

売買価格の合意について

裁判所はまず、合意された売買価格をどのように評価するかという枠組みについて、次のように述べています。

契約自由の原則が妥当する売買契約において任意に合意された価格は、当該合意の効力を否定すべき事情があるような場合は格別、現実の需給関係の均衡により形成された価格として、妥当性ないし正当性を有するものと推認することができる。

 つまり、当事者が任意に合意した売買価格は、まずは現実の需給関係を反映した妥当な価格と推認され、これを争う側がその推認を覆す事情を立証しなければならない、という判断枠組みを示しています。

そのうえで裁判所は、建築制限を解消するための試みを経て不動産業者4社による競争的な価格提示が行われ、その最高価格を更に200万円上回る額で決着したという経過を認定し、この過程に「契約自由の原則から逸脱したり市場原理を歪めるような契機を見いだすことは困難である」と述べています。

固定資産税との差額が大きいことは損害となるか

相続人らは、土地の固定資産評価額1億0215万2300円と売却価格4200万円との差額6015万2300円を損害として主張していました。この点について、裁判所は次のように述べています。

本件各土地の平成24年度固定資産評価額(合計1億0215万2300円)は、固定資産税を算定する目的で固定資産評価基準に基づき決定されたものであり、本件建築制限その他の個別的要因を適切に反映したものとはいえない。

 固定資産評価額は、固定資産税を算定するための評価基準に従って決定されるものであり、建築制限のような当該不動産に固有の減価要因を反映したものではないため、これを基準として売却価格の当否を測ることはできないとしています。

不動産鑑定評価額との差額について

売主側の鑑定書(判決は「G鑑定書」と呼んでいます)は、鑑定評価額を1億4530万円としたのに対し、不動産会社側の調査報告書(同じく「Iら報告書」)は、評価額を8240万円としていました。

裁判所は、この差異が生じた理由について、次のように述べています。

評価方式の選択及び標準画地価格の算定に関しては考え方及び結論がほぼ共通するが、本件建築制限により建物の再築ができないことをそもそもあるいはどの程度個別格差修正率に反映させるかといった点や、市場性減価を考慮するかといった点についての考え方の相違などから、結論において、G鑑定書における鑑定価格とIら報告書における評価額との間には、前者が後者の約1.8倍となる差異が生じたものと理解することができる。

 

双方の考え方が相違する上記各点について、いずれか一方が正しく他方が誤りであることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、やはり専門的知見に基づき作成された東京カンテイ意見書によれば、本件各不動産が実際に市場で取引される場合の価格は、Iら報告書における評価額を更に相当下回る額であっても、直ちに不合理であるとまでは断じ難いものと解される。

 すなわち、一方当事者が依頼した鑑定評価額をそのまま客観的価値として採用するのではなく、いずれの考え方が正しいとも決められない以上、双方の鑑定はいずれも売却価格が不当に低額であることを支える証拠とはいえないとしています。
ここでいう東京カンテイ意見書は、建物を再築できない杉並区内の不動産の取引事例5件における実際の成約価格について、標準画地価格からの減価割合が「マイナス50ないし80パーセント程度である」との分析を示したものです。

その他の主張について

隣地の一部の譲渡や賃借によって建築制限を解消できたはずだ、という主張もされていましたが、この点については、「本件隣地所有者が、合理的な条件で本件隣地の一部の譲渡又は賃貸借に応じる蓋然性があったとは、容易には認めることができ」ないとしています。

また、指定流通機構に登録せず複数の不動産業者から買い手を募るという媒介業者の判断についても、「当該判断が不合理であると認めるに足りる証拠はない」とし、登録していれば売却価格を上回る価格で売却できたという事実も認めるに足りる証拠がないと述べています。

まとめ

本判決は、任意に合意された売買価格には妥当性ないし正当性が推認されるという枠組みを採ったうえで、固定資産評価額との差額や、一方当事者が依頼した鑑定評価額との差額だけでは、その推認を覆すには足りないとしたものです。売却後に売却価格を超える経済的価値が現実化していないことも、判断の一要素として挙げられています。


この記事は、2026年8月11日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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