
築50年を超えるアパートについて、賃料6ヶ月分で立退きが認められた事例
【賃貸人からの相談】
私は、父から相続した、東京都内の木造2階建てアパートを所有しています。昭和43年に建てられ、築50年を超えました。
全4室のうち、今は1室に70歳を超える方が1人お住まいで、家賃月額4万3000円、共益費月額2000円で、30年以上住み続けておられます。
建物は老朽化が進んでいます。一級建築士事務所に耐震診断を依頼したところ、1階は倒壊の可能性が高く、2階も倒壊の可能性があると診断されました。1室のためだけに維持していくのは収益面でも難しく、隣接する建物とあわせて取り壊し、駐車場にしたいと考えています。
そこで、約10年前に契約を更新した際、契約書に「契約更新は今回限りとし、更新期間満了とともに賃貸借契約は終了する」という条項を入れ、その方に署名押印していただきました。ところが、期間が満了した後も退去されず、そのまま住み続けておられます。
先日、あらためて解約を申し入れ、立退料として家賃と共益費の6か月分にあたる27万円をお支払いすると提示しましたが、応じていただけません。「更新は今回限り」という書面に署名していただいている以上、私は明渡しを求めることができるのでしょうか。また、立退料は賃料の6ヶ月分で足りるのでしょうか。
「更新は今回限り」の特約があれば、契約は当然に終了するのか?
本件は、東京地方裁判所令和3年12月14日判決をモチーフにした事例です。
本件のように「更新は今回限り」といった特約が更新契約書にあっても、それだけで契約が当然に終了するわけではありません。なぜなら、更新や賃貸借の期間に解約等に関して賃借人に不利な特約は借地借家法30条により無効とされるためです。更新のない賃貸借とするには、書面による契約や事前の書面交付・説明といった定期建物賃貸借(同法38条)の要件を満たす必要があり、通常の契約書に特約を置くだけでは、その効力は認められません。
したがって、上記のような特約があったとしても、建物の賃貸借では、期間が満了した後も賃借人が使用を続け、賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときは、従前と同じ条件で更新されたものとみなされ、期間の定めのない賃貸借として存続します(借地借家法26条)。
そして、期間の定めのない建物の賃貸借を賃貸人の側から終了させるには、解約の申入れが必要で、その日から6か月の経過によって契約が終了します(借地借家法27条1項)。
もっとも、この解約の申入れには、借地借家法28条の定める「正当の事由」が必要です。正当事由は、双方が建物の使用を必要とする事情のほか、従前の経過、建物の利用状況・現況、賃貸人が申し出た立退料などを総合して判断されます。
本件の争点は?
本件の主たる争点は、建物の老朽化や、「更新は今回限り」への署名という経過が、賃貸人の解約申入れの正当事由をどこまで基礎づけるか、そして正当事由を補う立退料の額でした。
裁判所はどのように判断したのか?
裁判所は、立退料として賃料の6ヶ月分である27万円と引換えに建物の明渡しを命じました。以下、判決文を引用しながら解説します(引用中の(中略)は筆者による省略)。
賃貸人側が必要とする事情
まず、裁判所は、賃貸人の側が明渡しを求める必要性について、次のとおり判示しています。
| 本件アパートは,建築から50年以上が経過し,倒壊することも懸念される建物であることが認められる。また,認定事実(3)のとおり,本件アパートに入居している賃借人が被告のみであるという状況が継続しており,収益性が著しく悪化していることも併せて検討すると(中略)本件アパートと隣接する建物を解体して駐車場にすることによって,上記の問題点を解決することは十分な合理性があり,原告においてその計画を実行することができる資力を有していることも認められる。したがって,原告においては,明渡しを求める必要性が相当程度高いと認められる。 |
賃借人側の事情について
他方で、裁判所は、賃借人の側の事情について、次のとおり判示しています。
| 被告は,30年以上にわたり,本件建物を住居として使用しており,70歳を超える高齢であることも併せ考えると,引き続き本件建物において居住を継続する必要性が高い。ただし,前提事実(2)ウのとおり,被告は,契約更新は今回限りとする旨の合意を含む平成20年7月28日付けの賃貸借契約書に署名押印しているところ,同契約書における賃貸期間の終期から10年以上も本件建物の使用を継続しているのであるから,引き続き本件建物において居住を継続する必要性は,相対的に低下していると認められる。 |
正当事由の有無について
そのうえで、裁判所は、正当事由の有無について、次のとおり判示しています。
| 以上のとおり,原告において,本件建物の明渡しを求める必要性は相当程度高い。他方,被告において本件建物の使用を継続する必要性が相応に存する。したがって,原告の解約の申入れに直ちに正当の事由があるとまでは認め難いものの,本件建物の明渡しによって引っ越し等を余儀なくされるという上記被告の不利益は,原告がその不利益を一定程度補うに足りる立退料を支払うことによって補完することが可能であり,これにより,原告の解約の申入れに正当の事由が認められる。 |
立退料の金額は?
そして、立退料の金額については、次のとおり判示しています。
| 立退料の金額は,上記の認定及び本件の一切の事情を勘案すると,本件建物の1か月分の賃料及び共益費の合計額の6か月分に当たる27万円が相当である。 |
裁判所は、個別の損失を積み上げるのではなく、「上記の認定及び本件の一切の事情を勘案する」として、賃料及び共益費の6か月分という賃料の月数倍の方式で立退料を算定しています。判決は6か月という月数の内訳までは示していませんが、その基礎にあるのは、前記の双方の必要性の比較、すなわち賃貸人の必要性が相当程度高い一方、賃借人の必要性は署名等により相対的に低下していた、という評価であると読むことができます。
まとめ
本件は、築50年超で耐震性にも問題のある建物について、賃料と共益費の6か月分の立退料を条件に、賃貸人の解約申入れの正当事由が認められた事例です。老朽化や賃貸人の計画に加え、「更新は今回限り」への署名という従前の経過が、正当事由や立退料の水準の判断に影響した点に特徴があります。
この記事は2026年7月22日時点の情報に基づいて書かれています。
この記事の監修者
北村 亮典東京弁護士会所属
慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。
