不動産

賃借人が会社分割により賃借人の地位を子会社に移した場合でも、元の賃借人は賃貸借契約の違約金債務を免れないとされた事例

2026.09.13

【建物オーナーからの相談】

私は、地方都市で不動産を所有している者です。数年前、介護事業を営む会社Yから「有料老人ホームに使える建物を建ててほしい。20年借りる」と持ちかけられ、Yの設計どおりの間取り・設備で建物を建てました。建築費は約6億円で、その大半は銀行からの借入れです。賃料は月額499万円、賃貸期間は引渡しから20年としました。

老人ホーム用の建物ですから、他の用途に転用することはまず困難です。私としては、20年間賃料が入ってくることを前提に投資したわけですので、契約書には、賃借権の譲渡・無断転貸を禁止したうえ、「Yが契約当事者を実質的に変更した場合には、賃貸人は催告することなく契約を解除できる」という条項と、「契約開始から15年が経過する前にこの条項で解除した場合、Yは15年分の賃料額から支払済みの賃料額を差し引いた金額を違約金として支払う」という条項を入れてもらいました。

ところが、Yの老人ホーム事業は開業当初から業績が振るいませんでした。数年後、Yから「この事業を会社分割で別会社に移したい」と相談があり、私は当然、了承できないと答えました。ところがYは、私に無断で資本金100万円の子会社A社を新たに設立し、吸収分割によって賃借人の地位をA社に移してしまったのです。しかも分割契約には「分割後、Yは責任を負わない」と書かれていました。その後、A社は賃料をほとんど払わず、未払は1450万円に膨らんでいます。

A社に資力がないことは明らかです。私は、契約書の条項に基づいて契約を解除したうえで、もとの賃借人であるYに違約金を請求することができるのでしょうか。

賃借人が入れ替わる場合と賃貸人の承諾

民法612条1項は、賃借人は賃貸人の承諾を得なければ賃借権を譲り渡し、または賃借物を転貸することができないと定めています。また、契約上の地位そのものを第三者に移す場合についても、民法539条の2は、契約の相手方が承諾したときに契約上の地位が移転すると定めています。賃貸借は、誰が賃料を払い、誰が建物を使うのかが賃貸人にとって重大な関心事ですから、賃借人の入れ替わりには賃貸人の承諾が必要というのが原則です。

もっとも、賃借人が法人である場合には、株式が譲渡されたり役員が交代したりしても、法人格そのものは変わりません。そのため、株式譲渡や経営者の交代は、それだけでは賃借権の譲渡には当たらないと解されるのが一般的です。当サイトでも、賃借人会社の株式譲渡・役員交代が賃借権の無断譲渡に当たるかが争われた裁判例を紹介しています(解除が認められた事例解除が否定された事例)。

そこで実務では、こうした「法人格は変わらないが中身が入れ替わる」場面に備えて、代表者・株主・契約当事者が実質的に変更された場合を解除事由とする特約があらかじめ置かれることがあります。

会社分割の仕組みと債権者の保護

吸収分割とは、株式会社または合同会社が、その事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割後に他の会社に承継させることをいいます(会社法2条29号)。吸収分割をする会社(吸収分割会社)と、これを承継する会社(吸収分割承継会社)との間で吸収分割契約が締結され(会社法757条)、その契約の定めに従って、承継会社が分割会社の権利義務を承継します(会社法759条1項)。個々の債権者の同意を得なくても、契約上の地位や債務がまとめて移転するのが会社分割の特徴です。

そのままでは分割会社の債権者が害されるおそれがあるため、会社法789条は債権者異議手続を定めています。吸収分割後に分割会社に対して債務の履行を請求することができない債権者は、分割について異議を述べることができます。

ただし、この手続には限界があります。異議を述べることができるのは、あくまで分割の時点で債権を有している債権者に限られます。分割の後になって初めて発生する債権の債権者は、公告を見ても異議を述べようがないのです。

オーダーメイド型賃貸借と中途解約禁止・違約金条項

賃貸人が賃借人の求める仕様で建物を建て、その建築費を長期の賃料で回収するという類型は、いわゆるオーダーメイド型の賃貸借と呼ばれます。老人ホーム、店舗、物流施設などでよく用いられます。

この類型では、建物が他の用途に転用しにくく、賃貸人は初期投資を回収できるかどうかを賃貸期間の長さに賭けています。そのため、中途解約を原則として禁止し、期間途中で契約が終了した場合には残存期間の賃料相当額を違約金とする条項を置くことに、合理性が認められやすいといえます。

本件の主たる争点は

本件は、最高裁判所平成29年12月19日決定をモチーフにした事例です。実際の事件では、賃貸人Xが違約金債権のうち1億8550万円を被保全債権として、賃借人Yが第三者に対して有する請負代金債権の仮差押えを申し立てました。第一審はこの申立てを却下しましたが、保全抗告審はこれを認容し、Yが最高裁に許可抗告を申し立てたという経緯をたどっています。

争点は、次の二点でした。

① 会社分割によって賃借人の地位が承継会社に移ったことが、「契約当事者を実質的に変更した場合」に当たり、解除条項が適用されるか
② 吸収分割がされたことを理由に、分割会社である元の賃借人Yが違約金債務を負わないと主張することが許されるか

最高裁が正面から判断したのは②です。①については、決定文が「本件解除条項に定められた事由に該当する本件吸収分割」と述べており、会社分割による賃借人の地位の承継が解除条項の定める事由に当たること自体は前提とされています。したがって、以下では②を中心に見ていきます。

裁判所の判断

会社分割による賃借人の地位の承継について

まず、最高裁は会社法上の効果として、

本件において、本件事業に関する権利義務等は、本件吸収分割により、YからA社に承継される。

と述べ、賃貸人の同意がなくても、会社法の仕組みとしては賃借人の地位はA社に移っている、ということを前提とした判断をしました。

争点② 分割会社が違約金債務を免れると主張することの可否

賃借人Yは、吸収分割によって賃貸借契約上の権利義務がすべてA社に移った以上、分割契約に「分割後Yは責任を負わない」と定められていることもあって、自分は違約金債務を負わないと主張しました。これに対し賃貸人Xは、資力のないA社にしか請求できないとするのは不当であると主張しました。

最高裁は、この点について次のように述べました。

しかしながら、本件賃貸借契約においては、XとYとの間で、本件建物が他の用途に転用することが困難であること及び本件賃貸借契約が20年継続することを前提にXが本件建物の建築資金を支出する旨が合意されていたものであり、Xは、長期にわたってYに本件建物を賃貸し、その賃料によって本件建物の建築費用を回収することを予定していたと解される。Xが、本件賃貸借契約において、Yによる賃借権の譲渡等を禁止した上で本件解除条項及び本件違約金条項を設け、Yが契約当事者を実質的に変更した場合に、Yに対して本件違約金債権を請求することができることとしたのは、上記の合意を踏まえて、賃借人の変更による不利益を回避することを意図していたものといえる。そして、Yも、Xの上記のような意図を理解した上で、本件賃貸借契約を締結したものといえる。

そのうえで、分割の結果生じる不均衡を指摘しています。

しかるに、Yは、本件解除条項に定められた事由に該当する本件吸収分割をして、Xの同意のないまま、本件事業に関する権利義務等をA社に承継させた。A社は、本件吸収分割の前の資本金が100万円であり、本件吸収分割によって本件違約金債権の額を大幅に下回る額の資産しかYから承継していない。仮に、本件吸収分割の後は、A社のみが本件違約金債権に係る債務を負い、Yは同債務を負わないとすると、本件吸収分割によって、Yは、業績不振の本件事業をA社に承継させるとともに同債務を免れるという経済的利益を享受する一方で、Xは、支払能力を欠くことが明らかなA社に対してしか本件違約金債権を請求することができないという著しい不利益を受けることになる

さらに、会社法の債権者異議手続によっても賃貸人を救えないことを指摘しました(決定文中の「法」は会社法を指します)。

さらに、法は、吸収分割会社の債権者を保護するために、債権者の異議の規定を設けている(789条)が、本件違約金債権は、本件吸収分割の効力発生後に、Xが本件解除条項に基づき解除の意思表示をすることによって発生するものであるから、Xは、本件違約金債権を有しているとして、Yに対し、本件吸収分割について同条1項2号の規定による異議を述べることができたとは解されない

以上のとおり、述べたうえで、結論として以下のとおり違約金の請求を認めました。

以上によれば、YがXに対し、本件吸収分割がされたことを理由に本件違約金債権に係る債務を負わないと主張することは、信義則に反して許されず、Xは、本件吸収分割の後も、Yに対して同債務の履行を請求することができるというべきである

なお、違約金額は「15年分の賃料額から支払済みの賃料額を控除した金額」と定められており、賃貸人はそのうち1億8550万円を被保全債権として仮差押えを申し立てていました。

まとめ

最高裁は、会社分割によって賃借人の地位が承継会社に移ること自体は会社法の効果として認めつつ、分割会社が「もう責任を負わない」と主張することは信義則に反して許されないとしました。違約金債権が分割後の解除によって発生するため、債権者異議手続では賃貸人を保護できないことも理由に挙げられています。

実務的には、「契約当事者の実質的変更」を解除事由・違約金事由とする特約が、会社分割による責任逃れに対しても働いた点が重要といえます。

また、本件では賃借人から会社分割の相談を受けた賃貸人が了承しなかった経緯が認定されています。同意しない旨は口頭で済ませず、書面やメールで記録に残しておくことが重要です。

この記事は、2026年9月13日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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