弁護士コラム

約5年半据え置かれた賃料について、事情の変更は認められたものの増額幅が請求の一部にとどまった事例

2026.09.28

【賃貸人からの相談】

私は、東京都内にある築45年ほどの小さなビルを所有し、その一室を、リラクゼーションサロンを営むY社に貸しています。15年以上前に取得した古い建物で、旧耐震基準の時代に建てられたものです。

賃料は、平成30年にY社との間で合意した月額45万3000円(共益費は別に月額3000円)のまま、5年以上据え置かれています。契約書には、賃料を増額しない旨の特約は書かれていません。

ところが、この数年で周辺の賃料相場はかなり上がっており、不動産業者に聞いたところ、同じような立地・広さの店舗物件であれば、今の賃料の1.5倍以上、月額70万円前後で募集されているとのことでした。そこで私は、Y社に対し、書面で月額70万円台への増額を申し入れましたが、Y社は「今の賃料で適正である」と言って応じてくれません。

私は、Y社に対して賃料の増額を請求することができるのでしょうか。また、話合いがつかずに裁判になった場合、増額された賃料はいつの分から支払ってもらえるのでしょうか。増額が認められるまでの差額に、利息は付くのでしょうか。

建物賃料の増額請求と借地借家法32条

建物の賃料は、契約後に事情が変われば、当事者の一方的な意思表示によって賃料を改定することができることが法律で認められています。これを定めるのが借地借家法32条です。

同条1項は、建物の借賃が、
①土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、
②土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、
③又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、
契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる、と定めています。

他方で、同項ただし書は、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約(不増額特約)がある場合には、その定めに従うとしています。したがって、契約書に「賃料は○年間増額しない」といった条項がある場合、その期間中は増額請求をすることができません。

このように、賃料の不増額特約がない限り、賃貸人は、一定の事情があれば賃料の増額を請求することができます。

しかし、賃貸人が増額を請求しても、賃借人がこれに納得するとは限りません。この場合について、借地借家法32条2項は、建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りると定めています。そして、同項ただし書は、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付して支払わなければならない、としています。

つまり、賃貸人が増額を請求しても、直ちに増額後の賃料の支払を強制できるわけではなく、賃借人は自らが相当と考える額(通常は従前の賃料額)を支払っていれば、原則として賃料不払を理由とする契約解除を受けることはないと考えられています。最終的な清算は、裁判が確定した後に、不足額と年1割の利息という形で行われることになります。

そして、賃料の増額の可否は、双方の合意が得られなければ、民事調停の申立て等、裁判所を介した手続きをしなければ解決しないということになります。

したがって、実務上は、内容証明による増額の意思表示 → 任意交渉 → 賃料増額調停 → 賃料増額請求訴訟という流れをたどることになります。

本件の主たる争点は

本件は、東京地方裁判所令和6年10月30日判決をモチーフにした事例です。

この事案の建物は、東京都内にある築45年を経過した旧耐震基準の建物で、賃貸人Xは、これをリラクゼーションサロンを営む賃借人Yに賃貸していました。賃貸借契約は前の所有者の時代から続いているもので、賃料は平成30年1月の更新の際に合意された額のまま、約5年6か月にわたり据え置かれていました。

Xは、令和5年7月、Yに対し、書面で賃料の増額を請求し、調停が不成立に終わったため、増額後の賃料額の確認と、差額賃料及びこれに対する年1割の利息の支払を求めて提訴しました。従前の賃料は月額45万3000円(共益費は別に月額3000円。いずれも税抜)であったところ、Xの請求額は月額73万8548円(税込・共益費込み。税抜換算で約67万1407円)でしたが、裁判所が認めた額は月額50万8600円(税抜・共益費込み)でした。

主な争点は、次のとおりです。

① 直近合意の賃料が、事情の変更により不相当となったといえるか
② 増額請求の時点における本件建物の適正継続賃料の額

裁判所の判断

争点①について(事情の変更の有無)

Xは、本件建物の賃料は近傍同種の賃料と比較して著しく低廉で不相当なものとなっており、事情の変更があったと主張しました。これに対しYは、直近合意における賃料を不相当とする事情の変更はないと反論しました。

裁判所は、次のように述べて、事情の変更があったと認めました。

本件における直近合意は平成30年1月10日に合意されたもので、鑑定時点(令和5年7月6日)まで約5年6か月が経過していること、この間、地価の変動に伴う賃料相場の変動や経済状況の変動があったといえること(本件鑑定7~12頁)、本件建物の適正継続賃料が本件鑑定のとおり50万8600円(税抜・共益費を含む)と算定され、現行賃料と5万2600円の乖離が生じており、これは現行賃料の1割を超える数値であることからすると、直近合意を不相当とする事情があるといえる。

争点②について(適正継続賃料の額)

適正な賃料額について、裁判所は不動産鑑定士による鑑定を実施しました。この鑑定は、差額配分法、利回り法、スライド法により得られた試算賃料を8:1:1の比重で総合するもので、賃貸事例比較法は採用していませんでした。Xは、賃貸事例比較法を採用すべきである、差額配分法における賃貸人への配分を2分の1とすべきであるなどと主張し、他方Yは、賃貸人への配分は4分の1とすべきである、3手法の比重を1:1:8としてスライド法を重視すべきであるなどと主張して、双方から鑑定の手法が争われました。

裁判所は、まず鑑定の手法全体について、次のように述べました。

本件鑑定は、上記のとおり、差額配分法、利回り法、スライド法により得られた試算賃料を総合して鑑定時点における適正賃料を算定しているもので、その算定手法には合理性がある。

賃貸事例比較法を採用しなかった点については、次のように述べています。

継続の賃貸事例は極めて個別性が強く、賃料改定等の経緯の詳細な把握も困難であることから適切な比準を行うことができないとの鑑定人の意見には合理性がある。

また、Yが主張したスライド法の重視については、次のように述べてこれを退けました。

本件鑑定において差額配分法が重視されているのは、差額配分法においては正常実質賃料(新規賃料)と実際実質賃料との間の賃料差額が配分されているところ、正常実質賃料の査定に当たっては市場実態が反映されていることから、配分割合が適正であれば、他の2手法と比較してより適切な試算が可能であることによるものと解され、それ自体合理性がある。
他方、スライド法は、各種指数を考慮した変動率を用いるものであるが、各種指数は継続賃料の変遷を直接反映し得る性質のものではなく、これらの指数から継続賃料の変動率を適切に設定することには困難を伴うものといえ、他の2手法と比較してより重視されるべきとはいえない。

こうして裁判所は、本件鑑定の結果に合理性を認め、増額請求の時点における適正継続賃料の額を月額50万8600円(税抜・共益費を含む)と認定しました。実際に認められた増額幅は、Xが求めていた増額幅を大きく下回るもので、訴訟費用も、5分の4がXの負担とされました。

なお、裁判所は、増額請求の書面が到達した翌日以降の差額に年1割の利息を付して支払うよう命じました。

まとめ

本判決は、直近の賃料合意から約5年6か月が経過し、適正賃料との乖離が現行賃料の1割を超えていることなどを理由に、賃料増額を正当とする事情の変更を認めました。

もっとも、最終的な賃料額は、実務上、裁判所が実施する不動産鑑定が重要な判断資料となり、本件でも、裁判所が実施した鑑定の手法と結果に合理性があるとして、その鑑定額が採用されました。このため、認められる額が請求額を大きく下回ることがあります。本件でも、増額は認められたものの、訴訟費用の5分の4はXの負担とされました。

他方で、増額を正当とする裁判が確定した場合、増額の効力発生後に生じた各期の不足額について、各支払期後から実際の支払時まで、年1割の利息を付して清算する必要があります。増額の効果は請求の意思表示が相手方に到達した時から生じますので、増額請求は、時期が明確になるよう書面で行っておくことが重要であると考えられます。

この記事は、2026年9月30日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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