不動産

賃借人が行方不明になったアパートについて、長期不在特約による契約終了は否定されたが立退料50万円との引換えで明渡しが認められた事例

2026.09.22

【アパートオーナーからの相談】

私は数年前、父が亡くなったことにより、東京都内にある木造二階建てのアパート一棟を相続しました。建てられたのは昭和40年代で、築50年を超えており、雨漏りや老朽化も進んでいるため、近いうちに取り壊して建て替えたいと考えています。

全部で6部屋あるのですが、他の入居者の方々には建替えの予定を説明し、順次退去していただき、残るは1階の一室だけになりました。

ところが、この一室にお住まいのYさんとは、もう4年近く連絡が取れません。70代の男性の方で、ある時期を境に姿を見かけなくなり、郵便受けにお手紙を入れても返事がなく、電話もつながりません。父の代からの入居者で、これまでトラブルを起こしたこともなく、家賃は今も口座からの自動引落しできちんと支払われ続けています

契約書を読み返してみたところ、「1か月以上留守にする場合はあらかじめ通知すること。無断不在が2か月に及ぶ場合は、賃借権を放棄したものとみなして契約を終了する」という条項がありました。この条項があるのだから、Yさんの部屋は既に契約が終わっていると考えて、荷物を片付けて建替えを進めてしまってよいのでしょうか。

行方不明の賃借人に対して明渡しを求める方法

相手と連絡が取れなくても、賃貸人が勝手に鍵を交換したり、室内の荷物を運び出したりすること(自力救済)は許されないのが民法の原則です。
したがって、明渡しを実現するには、裁判所の手続を経る必要があります。

もっとも、相手の所在が分からなければ訴状を届けることすらできません。そこで実務上、主に二つの方法が使われます。

一つは、不在者財産管理人の選任です。民法25条1項は、従来の住所又は居所を去った者(不在者)が財産の管理人を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができると定めています。賃貸人は利害関係人としてこの申立てをすることができ、選任された管理人(多くは弁護士)を相手方として訴訟を進めることができます。

もう一つは、公示送達(民事訴訟法110条1項1号)です。住所、居所その他送達すべき場所が分からず、必要な所在調査を尽くした場合に利用できます。2026年5月21日以降に申立て等がされた事件では、公示事項をインターネット上で閲覧できる状態に置き、併せて裁判所掲示場への掲示等を行う方法によります。ただし、相手方が実際に訴訟へ参加しないため、賃貸人側は契約終了事由などを証拠によって立証する必要があります。

これに対し、不在者財産管理人の選任は、長期不在で容易に戻る見込みがない賃借人について、本人に代わって訴訟に対応する者だけでなく、財産を管理する者も必要な場合に適しています。

本件のように立退料の受領や明渡しに関する協議、残置物その他の財産の管理が必要になる事案では、管理人を選任する実益が大きいといえます。ただし、選任には家庭裁判所の手続や予納金が必要です。

長期不在を契約終了事由とする特約の効力

借地借家法30条は、同法の建物賃貸借契約の更新等に関する規定(26条から29条まで)に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とすると定めています。「無断不在が一定期間に及べば契約は終了する」という条項は、法律にない終了事由を契約で作り出すものであるため、この規定との関係が問題となります。

また、賃貸借契約は当事者間の継続的な信頼関係を基礎とする契約であることから、判例上、債務不履行があっても、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊されたと認められない特段の事情があるときは、解除は認められないという考え方(信頼関係破壊の法理)が確立しています。契約書に書かれているというだけでは足りず、実質的に信頼関係が壊れたといえるかが問われるわけです。

期間の定めのない建物賃貸借の解約申入れ

建物賃貸借が法定更新された場合、更新後の契約は期間の定めのないものとなります(借地借家法26条1項ただし書)。そして、期間の定めのない建物賃貸借については、賃貸人が解約の申入れをしたときは、その日から6か月を経過することによって契約が終了します(同法27条1項)。

もっとも、この解約申入れは、賃貸人・賃借人双方が建物の使用を必要とする事情、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び現況、そして立退料等の財産上の給付の申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければすることができません(同法28条)。建物の老朽化や建替えの必要性だけで正当事由が満たされないときでも、立退料の提供によってこれを補完することが認められています。

本件の主たる争点は

本件は、東京地方裁判所令和5年3月9日判決をモチーフにした事例です。

築約57年の木造アパートの一室について、賃貸人Xが、平成31年1月頃から行方不明となった賃借人Yに対し、家庭裁判所で選任された不在者財産管理人を相手方として明渡し等を求めました。

主位的には長期の無断不在を契約終了事由とする特約(本件規定)による契約終了を、予備的には解約申入れによる契約終了を主張し、立退料として50万円を申し出た事案です。Yの賃料は口座引落しで支払われ続けており、不払はありませんでした。

主な争点は次のとおりです。

① 本件規定(長期の無断不在を契約終了事由とする特約)に基づく賃貸借契約の終了の有無
② 解約の申入れに係る正当の事由の有無及び立退料の額

裁判所の判断

争点① 長期不在特約に基づく契約終了の有無

Xは、長期不在・所在不明により建物の腐朽や防犯・防災上の支障が生ずるとして、本件規定は合理的で借地借家法30条の趣旨に反しないと主張しました。これに対しY側(不在者財産管理人)は、本件規定は借地借家法にない終了事由を創出するもので同条に違反して無効であり、賃料の遅滞もなく信頼関係の破壊は認め難いと反論しました。

この点について、まず裁判所は、長期不在等を解除事由と定めること自体の必要性・合理性は肯定しつつ、その効力について次のように述べました。

賃貸物件を使用収益することが本来的には賃借人の権利である上、本件規定が与える賃借人に対する不利益の程度(なお、本件規定が適用された場合、賃借人からすれば、契約終了による住居の喪失のみならず、貸室内の所持品を搬出され、更に売却される不利益も受け得る。)等に鑑みれば、本件規定に該当したことをもって直ちに本件賃貸借契約の終了の効果を認めるのは相当ではなく、本件における諸事情を考慮の上で、賃貸人との間の信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事由がある場合には、本件規定による契約終了の効果は認められないというべきで・・・である。

そのうえで、本件の事情を次のようにあてはめました。

Y本人が平成31年1月頃から連絡が取れず、行方不明となってから相当期間(約4年)経過しているものの、① Y本人が行方不明となった事情(Y本人の意思によるものか否か等)は明らかにされておらず、② 賃借人の基本的な義務である賃料の支払も、結果として遅滞なく履行されていること、また、③ 平成27年1月に賃貸借が開始されて以降、二度の合意更新もされており、Y本人による過去の本件建物の利用に問題が無かったことがうかがわれること、そして、④ Y本人の不在により本件建物を含む一棟の建物の賃貸管理に限っていえば、現時点において具体的な損害、不利益が生じているとまではいえないこと、また、⑤ 高齢(現在79歳)のY本人からすれば、引き続き住居としての本件建物を確保しておく必要性が高いことを指摘することができる。
以上によれば、現時点において、賃貸人であるXに対する信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事由があるといえ、少なくとも前記認定の諸事情に照らすと、上記の信頼関係が破壊されたとまでは即断し得ず、本件規定が適用されるべきものとまではいえないから、Xの主張(1)を採用することはできず、本件規定に基づき本件賃貸借契約の終了を前提とする主位的請求には理由がない。

行方不明が4年となると、信頼関係が破壊されていると見る余地もありそうですが、裁判所はこの点については、賃借人の利益を重視し、信頼関係破壊までは認めませんでした。

争点② 解約申入れの正当事由と立退料の額

本件賃貸借契約は法定更新により期間の定めのない契約となっていたため、予備的請求では解約申入れの正当事由の有無が問題となりました。Xは、建物の老朽化と建替え計画、他の入居者が退去済みであることを挙げて立退料50万円を申し出、Y側は、専ら賃貸人側の事情であり賃料を払い続けてきたYの立場を軽視するものだと反論しました。

裁判所は、正当事由を裏付ける事情として次のように述べました。

① 本件建物を含む一棟の建物が現在、建築後約57年であって、相応の老朽化がうかがわれ、従前から建替えを予定していたところ、他の賃借人もXによる建替えの意向を踏まえ、既に退去し、遅くとも令和5年4月までの退去が確定していること、他方で、② Y本人と相当期間にわたり連絡が取れず、本件建物の状況確認等はもとより、任意の明渡し交渉等もできず、かかる交渉等の関係でX側に一定の支障が生じていたことは否定し得ないこと、そして、③ Y本人が今後、本件建物に帰宅する可能性を示唆する事情は見当たらず、そのため、本件建物を含む一棟の建物の建替えができないまま推移し、上記②の支障も解消せず、かかるXの不利益が増大することが見込まれるところ、これらにつき、正当の事由を裏付ける事情として評価するのが相当である。

立退料については、賃料月額5万7000円に対し、Xは「公共用地の取得に伴う損失補償基準」(昭和37年10月12日用地対策連絡会決定)の借家人補償額の算定方式を参照して50万円を提示し、裁判所もこれを相当としました。

① 損失補償基準における借家人に対する補償額の算定方法の内容、② 本件建物の賃料及び敷金等と、本件建物の近隣に所在する、おおむね同様の築年数のアパート6件の賃料及び敷金等との比較(賃料でいえば、本件建物よりも若干狭いものであれば、月額2万7000円~月額6万8000円であって、平均月額5万3000円であること等)、③ 高齢の男性(一人暮らし)に見込まれる上記アパート等への引越し費用等も考慮すると、所論のY本人の不利益等を十分に考慮しても、正当の事由を補完する立退料として50万円(賃料の約8.7か月分)をもって相当と認める。

こうして、解約申入れから6か月を経過した日をもって契約は終了し、立退料50万円の支払と引換えの明渡し、及び契約終了の翌日から明渡済みまで月額5万7000円の賃料相当損害金の支払が命じられました。

まとめ

賃借人が行方不明でも、不在者財産管理人の選任を申し立てれば、管理人を相手方として明渡しの手続を進めることができます。他方で、契約書に長期不在を契約終了事由とする特約があっても、それだけで直ちに契約が終わるわけではなく、信頼関係が破壊されたといえるかどうかが問われます

本件でも、賃料が遅滞なく支払われていたことなどから特約による終了は否定されましたが、建替えの必要性等を理由とする解約申入れは、立退料50万円との引換えで認められました。

行方不明を理由に自力で処理しようとせず、建替えの必要性と相応の立退料を用意して正当事由を組み立てるほうが、結果的に確実な解決につながるといえます。

この記事は、2026年9月22日時点の情報に基づいて書かれています。

この記事の監修者

北村 亮典東京弁護士会所属

慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。

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