相続・遺言無効・遺留分請求のための弁護士相談

【設例:次男からの質問】

父親が亡くなりました。相続人は長男と次男である私の二人です。

父の遺産は、農地(相続税評価額で3000万円程度)と現金200万円ほどです。

話し合いの結果、長男が農地を相続し、私が現金200万円を相続することとなりました。

このときは、この分け方で仕方ないと考え私も納得していたのですが、その後父の預金として新たに1300万円の預金があることが判明しました。

 

従前の分割協議のときは、長男が相続税評価額でも3000万円になる農地を相続し、私は200万円ほどしか相続できず不衡平な分割協議でした。

ですので、新たに発見されたこの預金1300万円については、私が全て取得すべきと考えています。

私の主張は認められますか。

【説明】

本件のように、遺産の分割協議後が成立した後に、新たに遺産が発見された場合、新たに発見された遺産の分割について、

①法定相続分で分割すべき

②従前の遺産分割における不均衡を、新たに発見された遺産の分配において修正し、遺産全部について法定相続分に従った分割をすべき

のいずれが妥当かが問題となります。

この問題の考え方については

「先行する遺産分割協議の際の当事者の意思表示の解釈により定まる」

と言うのが、裁判実務での考え方となっています。

例えば、先行する遺産分割協議において、協議書に「新たに発見された遺産については、法定相続分で分割する」と記載されていれば、当事者の意思は明確になっていると解釈されます。

他方で、協議書に上記のような条項が入っていなかった場合には、遺産分割協議の当事者のやりとりや、遺産分割協議の内容を踏まえて、当事者の意思が果たしてどちらだったのかが解釈されることとなります。

本件の事例は、大阪高等裁判所令和元年7月17日決定の事例をモチーフにしたもの(なお、この事例では相続人は長男・次男の他に、母親もいました)です。

この事例では、協議書には、新たに発見された遺産の扱いについては特に明記されていなかったのですが、裁判所は、以下のように述べて、新たに発見された遺産については、先行の遺産分割協議の内容に影響されず、法定相続分で分割すべき、と判断しました。

「一件記録によれば,先行協議の対象となった被相続人の遺産には,不動産のほか,現金や預貯金もあったところ,相手方は,現金や預貯金は取得せず,本件各土地と農耕具などを取得し,抗告人は現金200万円のみを取得しているのに対して,」「相互に代償金の支払を定めることもなく遺産分割協議が成立していることが認められることからすると,先行協議の当事者は,各相続人の取得する遺産の価額に差異があったとしても,そのことを是認していたものというべきである。」

「そうすると,先行協議の際に判明していた遺産の範囲においては,遺産分割として完結しており,その後の清算は予定されていなかったというべきである」

本件は、結果的に後で新たな遺産が判明したという事例ですが、この問題は、遺産の一部分割をした後の残余の遺産の分割方法の問題として議論されているところです。

相続法の改正により、遺産の一部分割が定められましたが、一部分割後の残余遺産の分割方法については明確に規定がされていないため、当事者の意思解釈に委ねざるを得ません。したがって、遺産の一部分割をする際には、どのような各人がどのような意思で一部分割をしたのか、協議書等で明確にしておくことが望ましいです。

【民法:907条】

1.共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
2.遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。
3.前項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。


この記事は2020年8月17日時点の情報に基づいて書かれています。

「遺言能力」を欠いた状態で作成された遺言書は無効となります。

この「遺言能力」とは、単純にいえば、本人が遺言を書いた当時その内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力があったかどうか、ということです。重度の認知症の老人の方が遺した遺言書では、この遺言能力が否定されることになります。

この遺言能力の有無は、

・遺言者の年齢

・当時の病状

・遺言してから死亡するまでの間隔

・遺言の内容の複雑さ(本人に理解できた内容であったか)

・遺言者と遺言によって贈与を受ける者との関係

等の要素を総合考慮して、判断されます。

上記の要素の中でも一番重要なのは、遺言を書いた時と近い時点での「精神疾患についての医師等による診断結果」です。

遺言が無効となる原因として多い精神障害は認知症ですが、認知症の原因は様々であり、その中でも遺言が無効とされているのは、アルツハイマー型認知症と診断されているケースが多いです。

したがって、遺言作成当時、アルツハイマー型認知症であったかどうか、またその症状の程度が重要な争点となります。

この点、遺言者について、アルツハイマー型認知症か、それとも血管性型認知症であったかが争われたケースが、名古屋高等裁判所平成14年12月11日判決です。

この判決は、アルツハイマー型認知症と血管性型認知症の鑑別と診断の基本的な考え方について以下のように一般論を詳細に述べていますので、参考となります。

「いわゆる痴呆とは,不可逆的な脳器質性の知能・認知障害であって,老人性痴呆(アルツハイマー型老年痴呆)と脳血管性痴呆,及びその混合型,その他特殊な病気に原因するものなどがあるが,本件で問題とされているアルツハイマー型痴呆と脳血管性痴呆の鑑別・診断に関しては,以下のとおり言うことができる。

ア 鑑別・診断についての基本的考え方について

アルツハイマー型痴呆は原因不明の大脳の変性疾患であって,高度の神経細胞の変性脱落が起こり,肉眼的には大脳皮質の萎縮,脳室の拡大を生じ,神経病理学的には,アルツハイマー神経原線維変化,老人斑,顆粒空胞変性などが著明に生じる。

脳血管性痴呆は,脳血管障害が原因となって痴呆が生じる疾患の総称であり,多発梗塞及び出血による病変が中心である。

混合型痴呆は,アルツハイマー型痴呆,脳血管性痴呆の2つの型が混合したものであるが,老化とともに脳の加齢変化が進み,脳動脈硬化等の症状も進展するから,高齢者の痴呆はこの混合型痴呆が多数を占めるとされている。

イ 痴呆がアルツハイマー型痴呆,脳血管性痴呆のいずれであるかによって,発症,経過,臨床症状,予後,治療などが異なっているため,いずれの痴呆であるかの鑑別は臨床上重要である。

この鑑別は,CT・MRI所見,脳波測定結果,動脈硬化検査等の諸検査,症状所見等を総合してなされるが,典型的なものについては,CT・MRI所見,脳波測定結果,臨床症状所見等において,次のような違いがみられる。

(ア) CT・MRI所見

アルツハイマー型痴呆では,大脳皮質のびまん性の広範な萎縮及び脳室拡大をみる。萎縮は側頭葉で強く,側脳室下角の拡大が目立つことが多い。この程度は病期の進行とともに高度となる。また,萎縮の程度にかなりの左右差が認められることも多い。

他方,脳血管性痴呆では,脳血管障害による多発性の低吸収領域,脳構開大や脳室拡大が認められる。

(イ) 脳波

アルツハイマー型痴呆では,脳波異常は比較的軽度であるが,脳血管性痴呆では,アルツハイマー型痴呆と比較すると,比較的軽症でも異常脳波の出現率が高く,中等症以上では殆どの例で脳波に異常がみられる。

(ウ) 臨床所見

a 発症年齢

アルツハイマー型痴呆は,脳の老化と密接に関連して出現するため,脳血管性痴呆に比しはるかに年齢が高く,70歳以降に出現するのが一般的である。他方,脳血管性痴呆は,脳血管障害があれば年齢を問わず出現する可能性があり,50歳代でも出現する。

b 性

アルツハイマー型痴呆は女性に出現する頻度が高く,他方,脳血管性痴呆は男性に出現する頻度が高い。

c 発症,進行状態

脳血管性痴呆は脳血管障害が原因で出現するため,その発症は一般的に急激であり,脳血管障害の進展に応じて段階的に悪化する。アルツハイマー型痴呆の発症は緩徐で,病状は加齢とともに進行する。

d 身体症状

脳血管性痴呆では,脳卒中,脳梗塞等の既往歴がみられることが多く,また脳以外でも眼底動脈の硬化所見,心電図変化,大動脈の硬化所見がみられることが多い。したがって高血圧症の者にこの痴呆が多くみられることとなる。アルツハイマー型痴呆においては,これらの身体的所見はより少ないのが一般である。

e 神経症状

脳血管性痴呆では,局所性脳症状を示すことがあるために,片麻痺,不全片麻痺,知覚障害等の局所神経症状もしくは神経症候,その他言語障害,失語を伴うことが多い。アルツハイマー型痴呆においては,局所性脳症状を示すことが少ないため,これらの症状を示すことは少ないが,けいれん,失行等の神経症候がみられることもある。

f 自覚症状

アルツハイマー型痴呆においては,自覚症状を訴えることは少ないが,脳血管性痴呆では,頭重,頭痛,めまいを訴えることがある。

g 人格の変化

脳血管性痴呆では,痴呆症状と比較して人格水準が保持されていることが多い。例えば,物忘れに対してとりつくろい,周囲の人が痴呆の進行するまで気づかないようなことがある。他方,アルツハイマー型痴呆においては,病前の人格・礼節が保たれることが多いが,病状の進行とともに人格水準の低下が明らかになり,感情が平板化し,上機嫌になったりし,しばしば何もせず一日茫然としていたり,表面的な愛想のよさ,とりつくろいがみられる。

h 病識

アルツハイマー型痴呆では病識が早期から消失するが,脳血管性痴呆では末期まで病識が保たれている場合が多い。

i 感情失禁

脳血管性痴呆では,感情のコントロールが崩れ些細なことで泣き出したりする感情失禁が多くみられるが,強制泣き,強制笑いが認められるときは脳血管性痴呆とほぼ断定しうる。アルツハイマー型痴呆では感情失禁は少ない。

j せん妄,幻覚,妄想,うつ状態等

これらの精神症候は,アルツハイマー型痴呆,脳血管性痴呆のいずれにも認められるが,夜間せん妄(夜間に著しい精神運動性興奮や幻覚妄想が生じること)は脳血管性痴呆に多く認められ,幻覚,妄想はアルツハイマー型痴呆に多く認められる。

k 徘徊

アルツハイマー型痴呆に多くみられる。

l 記憶障害,失見当識

アルツハイマー型痴呆に多くみられる。

m まだら痴呆

アルツハイマー型痴呆では知的機能が一様に低下するが,脳血管性痴呆では,記銘力・記憶力は障害が著しいが計算力は比較的保たれているといったように,機能の一部がある程度保たれていることがある。

ウ 上記鑑別・診断は教科書等に記載されている典型例によったものであって,臨床的には必ずしも上記のようにただちに判然と鑑別・診断できるわけではないけれども,総じて言えば,アルツハイマー型痴呆の特徴は,その進行が緩徐であることが多く,知的機能の低下が全面的で,その程度もより高度であること,また,対人接触は中等度以上で異常なことが多く,病前の性格に比しかなり人格の変化が認められるのに対し,脳血管性痴呆の特徴は,発症が比較的急であり,少なくとも初期のころには病識があるのが通常であり,知的機能の低下は末期を除けば一様ではなく,対人接触もかなりまともにできる場合があり,人格も末期まで比較的よく保たれること,また,高血圧や脳卒中の既往,頭痛,頭重,しびれ,運動障害,感覚障害,感情失禁(刺激に対して起こる情動をうまく調節できずに些細なことで泣いたり,笑ったり,怒ったりする状態)など,脳血管障害に直結した既往症や症状を訴えることがあるということができる。」

この判決は上記一般論を述べ、本件では、アルツハイマー型認知症と血管性型認知症の混合型であると認定した上で、

「記憶,判断,抽象的思考などの多面的な知的能力の喪失及び性格や行動の変化が顕著に見られ,その後,人物誤認,見当識障害,記憶障害,判断力・理解力の低下,健忘症等が窺われる言動が多く見られるようになった。その発症年齢が79歳と高く,経過がゆっくりと進行し,症状が固定的であって,病識がないことなどから,Aの痴呆は老人性痴呆(重篤ないし最高度)と診断でき,その後,死亡するまで痴呆状態が改善された時期があったとは到底考えられない。」

と述べて、遺言能力を欠き公正証書遺言を無効と判断しました。


この記事は2020年5月30日時点の情報に基づいて書かれています。

生前に身寄りのなかった方(相続人がいない方)が、例えば物心両面で生活を支えてくれた人やお世話になった人、その他相続権が無い内縁の配偶者に対して自分の遺産を渡したいと考えた時は、遺言書にその意思を書き記すことでそれが可能になります。

しかし、遺言書を残さなかった場合、その遺産は原則として国庫に帰属することとなります。

もっとも、民法は、上記のような場合で遺言書が残されていない場合があることも踏まえ、

「相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。」(民法958条の3)

と規定して、特別縁故者に対する相続財産分与の制度を設けています。

どのような者がこれに該当するかと言うと、

①被相続人と生計を同じくしていた者

②被相続人の療養看護に努めた者

③被相続人と特別の縁故があった者

の3つを民法は規定しています。

①については、内縁の妻や事実上の養子、叔父・叔母などが該当するケースが多いです。

③については「生計を同じくしていた者、療養看護に努めた者に該当する者に準ずる程度に被相続人との間に具体的かつ現実的な精神的・物質的に密接な交渉のあった者で、相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうと見られる程度に特別の関係にあった者をいう」(大阪高等裁判所昭和46年5月18日決定)と解されており、この基準に照らしてケースバイケースで判断されます。

また、上記の①~③の者に該当したとしても、相続財産の分与をすることが「相当である」と家庭裁判所が認めた場合に、相続財産の全部または一部の分与を受けられるということとなっています。

上記判断について法律は何も基準を設けていないため、家庭裁判所の裁量でなされるものであり、一般的には

「縁故関係の内容、厚薄、程度、特別縁故者の性別、年齢、職業、教育程度、残存すべき相続財産の種類、数額、状況、所在その他一切の事情」

について、家庭裁判所において調査し、これらの事情を総合考慮して決められることとなります。

どのような要素が重視され、また、どの程度の分与額になるかについては、過去の審判例を参考にして見通しを立てていくこととなります。

この点の判断において、一つの参考となる最近の事例が大阪高等裁判所平成31年2月15日決定の事例です。

この事例は、身寄りがなく,知的能力が十分ではない被相続人の相続財産(約4120万円)について、元雇用主が相続財産分与の審判を求めたという事案です。

この裁判例は、

知的能力が十分でなかった被相続人が4000万円以上もの相続財産を形成・維持することができたのは、約28年間にもわたり、労働の対価を超えて実質的な援助を含んだ給与を支給し続けてきたことや、雇用終了後に被相続人が脳梗塞を発症してから死亡するまでの約15年間緻密な財産管理を継続してきたためである

と認め、相続財産の約半分の分与を元雇用主に認めたものです。

なお、原審の大阪家裁の審判では、雇用終了後の約15年間の財産管理の貢献のみを認め、800万円の分与を決定していましたので、原審と高裁で判断が分かれたという事案になります。

したがいまして、裁判所が重視すべき事情とそれが結果に及ぼす影響を判断するにあたって、一つの参考となる事例です。

【大阪高等裁判所平成31年2月15日決定】(抗告人が特別縁故者)

「(1) 被相続人は,幼い頃(4歳)に父と死別してから,母の下でK地区の地域住民の支援を受けて成育した。被相続人は,知的能力が十分ではなかったため,抗告人の父に雇用されたが,昭和53年(47歳)までには,親族(弟,妻,母)と死に別れ,独居生活となった。

(2) このような中,抗告人は,昭和47年に抗告人父から家業を引き継いだが,被相続人(42歳)の生活を慮って,平成12年(70歳)までの約28年もの間,家業引継前と同様,被相続人の雇用を続けた。被相続人は,知的能力が十分でなかったが,抗告人は,被相続人が高齢になるまで,同人の稼働能力に見合う以上の給料を支給し続けた。

このような被相続人の稼働能力と抗告人による被相続人の雇用の実態に照らすならば,抗告人から被相続人に給料名目で支給された金額には,被相続人の労働に対する対価に止まらず,それを超えた抗告人による好意的な援助の部分が少なからず含まれていたとみることができる。その上,抗告人は,上記期間,被相続人に食事や風呂を提供するなどして,同人の生活も支えてきた。

(3) また,被相続人は,平成13年2月(解雇直後)の脳梗塞等の発症後,入院治療を経て施設に入所した。抗告人は,その際の諸手続を行い,その後の見舞い,外出時の付添及び施設への対応を続けたほか,被相続人の財産を管理し,被相続人の自宅の取壊しと跡地の有効利用(賃貸)に奔走した。そして,被相続人が死亡する平成28年●●●月までの約16年間,上記の財産管理等の状況を精緻に記録し,被相続人に説明した。

他方,被相続人も,生活全般や財産管理を抗告人に任せ,任意後見受任者を抗告人とするなど抗告人を頼りにしていた。

(4) さらに,抗告人は,被相続人が死亡すると(抗告人70歳),被相続人の四十九日までの法要を執り行い,相続財産管理人選任の申立てをし,同管理人の業務に協力した。

(5) 以上の検討を踏まえると,被相続人が4000万円以上もの相続財産を形成し,これを維持できたのは,抗告人によって,昭和47年からの約28年間,被相続人の稼働能力を超えた経済的援助(前記(2))と,平成13年から被相続人死亡までの約16年間,緻密な財産管理が続けられた(同(3))からとみるのが相当である。被相続人の相続財産の中には,抗告人による約44年間もの長年にわたる経済的援助等によって形成された部分が少なからず含まれているというべきである。このほか,抗告人は,上記の期間(抗告人26歳から70歳,被相続人42歳から86歳),生活面でも被相続人を献身的に支え,同人死亡後は,その法要等を執り行った。

このように,被相続人の相続財産の相応の部分が抗告人による経済的援助を原資としていることに加え,被相続人の死亡前後を通じての抗告人の貢献の期間,程度に照らすならば,抗告人は,親兄弟にも匹敵するほどに,被相続人を経済的に支えた上,同人の安定した生活と死後縁故に尽くしたということができる。したがって,抗告人は,被相続人の療養看護に努め,被相続人と特別の縁故があった者(民法958条の3第1項)に該当するというべきである。

そして,上記の抗告人自身と被相続人との縁故の期間(被相続人42歳から86歳)や程度のほか,相続財産の形成過程や金額など一件記録に顕れた一切の事情を考慮すれば,被相続人の相続財産から抗告人に分与すべき額について,2000万円とするのが相当である。」


この記事は、2020年5月25日時点の情報に基づいて書かれています。

遺言を書いた当時、その本人に「遺言能力」が無かったと認められるような場合、その遺言は無効となります。

この「遺言能力」とは、その本人が遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力のことを言います。

したがって、重度の認知症等で判断能力が著しく低下した方が遺した遺言書では、この遺言能力が否定されることになります。

この遺言能力が有ったか否かの判断は、裁判で争われる場合、遺言作成当時の医学的資料から推測される遺言者の認知状態を重視しつつ、以下の要素も総合考慮して判断されます。

・遺言者の年齢

・当時の病状

・遺言してから死亡するまでの間隔

・遺言の内容の複雑さ(本人に理解できた内容であったか)

・遺言者と遺言によって贈与を受ける者との関係

これは、公証人が立ち会って作成する公正証書遺言の場合も同様です。

公正証書遺言の場合、公証人が遺言作成の際に遺言者と面談しますので、「重度の認知症で明らかに認知能力を欠く者の遺言を公証人が作成することはないのではないか」という事実上の推定のようなものが働きますが、それでも、遺言能力の有無は、上記の要素に照らして判断されるという点では自筆証書遺言の場合と変わりはありません。

なお、訴訟で遺言能力が争われた場合に、「遺言が有効である」と主張する側から公証人を証人として申請して、法廷で公証人が証言するという事例もあります。

この公証人の証言の内容がどのように裁判所に評価されるかは、ケースバイケースになりますが、たとえ、公証人が「遺言能力に問題はなかった」と裁判所で証言しても、それがそのまま裁判所に受け入れられるとは限りません。

この点について判断をしたのが、東京高等裁判所平成29年8月31日判決(「家庭の裁判と法」第19号67頁)の事例です。

この事案は、遺言者が遺言を作成した当時

・アルツハイマー型認知症と診断され6年経っていた

・長谷川式簡易スケールは安定的に低い数値(7~10点)で推移していた

・かかりつけ医が遺言作成の2週間前に作成した診断書において、自己の財産を処分・管理できない(後見相当)と指南していたこと

・遺言作成の2ヶ月前に任意後見契約公正証書を作成しているが、遺言作成時には2ヶ月前に公正証書を作成したことや公証人と有ったことすら覚えていなかったこと

・遺言の内容も複雑(複数の不動産(16筆)と金融資産(預貯金だけで32口の口座)を4人の子、義理の妹、6人の孫に傾斜をつけて分配するというもの)

という事情を総合考慮して、遺言能力は無かったので公正証書遺言は無効であると判断しました。

この事案では、公証人が証人として、遺言作成時の遺言者と公証人との間で遺言内容についての具体的な発言ややりとりについて証言をし、遺言能力は問題なかったとも証言をしています。また、公証人は年間300件の遺言書を作成しており、その日に業務日誌も作成しているが(証拠で提出)、本件については問題事案であるとの認識はなかった、とまで証言していました。

しかし、判決では、上記の公証人の証言について概要以下のように述べて、遺言能力を肯定する根拠とは認めませんでした。

「この点について、公証人は、遺言者の遺言能力に問題はなかった旨供述するが、その根拠とするところは、公証人が認識した遺言者の目、態度、話しぶり等にあり、遺言者がその場にいる相手に迎合的な言動を取っているにすぎない可能性を排除できるものではない上、公証人は、遺言者が受検したHDS-Rの結果等を知らなかった(公証人は、HDS-Rが10点前後であれば、遺言公正証書は2対1ぐらいの割合で作成できないことの方が多いとも供述している。)だけでなく、相続人の一人からは事前に、遺言者の遺言能力や口述能力に問題はないと告げられており、高齢者の遺言能力には一般的に注意が必要であるということ以上には、遺言者の遺言能力の有無に対する問題意識そのものを有していなかったのであるから、公証人の供述を遺言者の遺言能力があるとの根拠とすることはできない。」

以上のように、公証人が遺言能力について問題ないと考えていたとしても、具体的に公証人が遺言者の状態についてどのような認識を持って遺言の作成に臨んでいたか、どのような前提情報を得ていたか、という点が問題であるということを改めて示した裁判例であると言えます。


この記事は、2020年5月21日時点の情報に基づいて書かれています。

遺留分とは兄弟姉妹以外の相続人が最低限相続することが認められている権利です。

したがって、例え、遺言で特定の相続人に「全ての遺産を相続させる」と遺しても、他の相続人の遺留分を失わせることはできません。

ただし、遺留分については、あくまでも権利を主張することによって発生するものですので、遺留分を侵害された相続人が、遺留分を主張するつもりがなければ、放棄することが可能となっており、この遺留分の放棄は、被相続人の生前にすることも可能です。

もっとも、遺留分を生前に放棄をする場合、被相続人から遺留分権利者へ半ば強制的に放棄を迫られるなどの不当な圧力が生じるおそれもあることから、

・それが本当にその相続人の真意でなされたものなのか

・遺留分を予め放棄することに合理性・必要性があるか

・遺留分を放棄することに対して遺留分権利者に代償が与えられているか(もしくは不当な不利益は無いか)

という観点から、裁判所が審理を行い、その結果遺留分の生前の放棄が許可される、というのが法律の建前となっています。

なお、これは、あくまでも、被相続人の「生前」に遺留分を放棄する場合にのみ必要な手続です。

被相続人の死後については、単に請求をせずに放置すれば時効により遺留分の権利は消滅します。

そして、ひとたび、裁判所より遺留分の放棄許可がなされた場合、これを後から「やっぱり止めた」と言って撤回することはできないというのが原則です。

そのため、生前の遺留分放棄許可の申立ては慎重に行うべきものです。

もっとも、例外的に遺留分放棄許可の取消(撤回)ができる場合があります。

例外的な場合とは、遺留分権利者が、生前に遺留分放棄許可申請をするに至った理由について、重大な齟齬なり事実誤認があり、そのような事情があれば、遺留分放棄をしなかったであろうというような事情が認められた場合です。

上記のような、例外的に遺留分放棄許可決定の取消が認められるかどうかが問題となった事例が、東京家裁平成2年2月13日審判の事例です。

この審判は、結論としては、遺留分放棄許可の取消は認めなかったものでありますが、どのような事情と理屈があれば、遺留分放棄許可決定の取消が認められるかという判断のSン国となります。審判文を読むのが一番わかりやすいので、以下引用します。

「 (1) 申立人(筆者注:遺留分権利者)の母ちよ子と被相続人は、同じ病院に勤務していたことから知り合い、被相続人が小児科医院を開業した後にはその医院の事務員として一時働いていた間柄で婚姻外の関係を有していたところ、昭和34年に申立人が生まれ、被相続人は直ちに認知した。

被相続人は妻岡本サト子との間には子がなかつたところ、昭和44年の11月ころ胃潰瘍の診断を受けたが癌を疑い、万一自己の死後妻と申立人らとの間に遺産の紛争が起きることを恐れ、申立人の母ちよ子との関係を清算するとともに、申立人からも遺産相続に関しての要求が妻に来ることがないようにこの際解決しておこうと考えた。

(2) そこで、被相続人は取引先の○○信託銀行の紹介でA弁護士に相談した結果、同弁護士の斡旋で、被相続人と申立人の母ちよ子との間で「被相続人が申立人に対し、同人の生計の資などとして現金300万円を贈与し、 申立人は遺留分を放棄する。申立人の母と被相続人は爾後一切関係ないものとする。」との合意が成立した。

現金300万円を授受することで解決することに決まるまでの経緯としてはおおよそ次のようなものであつた。昭和44年11月ころ、当初A弁護士から180万円を金銭信託にし、月額2万円を申立人の母が受領する案が提示されたが、その後申立人の母からは250万円ないし300万円程度でも家が買えるので家が欲しいとの話が出た。被相続人もその方向での解決を了承し、申立人の母が家を探したが、300万円では家を買うのに不足するとのことで、申立人の母からいつそ一時金で300万円支払つてもらい、貯金をしておいて申立人のため使いたいとの意向が示され、結局昭和45年2月被相続人から申立人に300万円を贈与し、さらに贈与までの間の申立人らの生活費及びアパートの更新料は被相続人が負担することなどで落着した。

(3) 被相続人は上記の依頼に際してA弁護士に対し、財産は、診療所兼住居の土地、建物と約450万円の預金くらいしかないと話した。A弁護士は、前記の経過のなかで、このことを申立人の母に伝え、300万円の線で考えてほしいと話している。

しかし、現実には被相続人は前記のように本件の話が進んでいる最中である昭和44年12月17日に、別紙物件目録4、5及び7の土地を売買により980万円で取得したが、このことはA弁護士にも話していない。他方、被相続人は同日○○信託銀行との間で700万円の金銭消費貸借契約を締結し、翌18日付けで別紙物件目録4、5の物件に右契約を原因とする抵当権設定登記がなされている。

(4) 申立人の母は、遺留分放棄についてはA弁護士から説明を受けて、その交渉をしたもので、同弁護士の取り計らいで遺留分放棄の申立書を東京家庭裁判所に提出したが、同弁護士が作成してくれた申立書の財産目録には、もちろん別紙物件目録4、5及び7の物件は記載されていない。東京家庭裁判所での審理は、昭和45年3月10日裁判官の審問が10分間程度あり、同裁判所は参与員の意見を聴いたうえ同日遺留分放棄を許可した。そこで、申立人の母は直ちにA弁護士から300万円を受領した。

(5) 被相続人は、本人が心配した病気は杞憂で終り、その後18年を経た昭和63年に死亡したが、遺留分放棄後間もなく全財産を妻に遺贈する旨の公正証書遺言を、更に昭和63年3月7日同趣旨の公正証書遺言をしている。相続開始時の遺産のうち、不動産としては別紙物件目録記載のものがある。

申立人とその母ちよ子は、前記遺留分放棄後は被相続人と全く接触を持たず、母ちよ子は申立人に遺留分放棄について説明していなかつたので、申立人は自己の相続について遺留分が放棄されていることは、被相続人が死亡して相続に関心を持つようになつて初めて知つた。

(6) 被相続人の遺産である本件土地付近の地価は、昭和45年当時から同63年までの間に少なくとも10倍を超える騰貴があり、相続開始時の価額は坪当たり200万円ないし300万円程度にはなつているとみられるので相続関始時の被相続人の財産の価額は申立人の主張するように2億円程度に達する可能性もある。一方、昭和45年に比しての相続開始時点の消費者物価指数は約2.8倍になつている。したがつて、300万円を相続開始時の物価指数により換算すると約840万円になる。

2 (1) そこで検討するに、本件申立ては非訟事件手続法19条により審判の取り消しを求めるものであるところ、同条による裁判の取り消しは、裁判がその当初から不当であつた場合のほか、その後の事情変更によつて不当となつた場合にも可能であると解される。しかし、審判後の事情変更による遺留分放棄許可審判の取り消しは、遺留分の事前放棄制度の趣旨に照らし、遺留分放棄の前提となつた事情が著しく変化し、その結果放棄を維持することが明らかに著しく不当になつた場合に限られるべきであると考える。

もつとも、本件は相続開始後に遺留分放棄許可審判の取り消しを求めるものであり、そもそも相続開始後に遺留分放棄許可審判の取り消しができるかについては可否見解が別れるところであるが、相続開始後であつても全く取り消しが許されないものではなく、ただ遺留分減殺請求権が発生しない状態で相続が開始しているのであるから、いたずらに相続関係を混乱させないため特に慎重な配慮が必要とされるものと解される。

(2) 本件においては、前記事情に照らせば、申立人の母は、当時としてそれ相当の金員を受領して遺留分を放棄しているものであつてそれなりに代償性があり、放棄の理由にも合理性、必要性があり、放棄許可審判が不当であつたとは認められない。

申立人は、遺留分放棄について、申立人の母において被相続人の財産についての要素の錯誤があつたと主張するが、被相続人が財産変動について正確に告げず、そのため申立人の母は、被相続人が昭和44年12月17日に購入した別紙物件目録4、5及び7の物件についてはその事実を知らなかつたが、前記事実によれば被相続人は売買により該物件を取得すると同時に抵当権を設定して銀行から借り入れた700万円と自己の預金で右物件を買い求めたと推測されるので、これらの物件を購入したことで被相続人が当時有していた財産の総額は、実質的には変わらなかつた(土地が増えたが、その分負債の増加と預金の減少とが同額であつた。)ものと考えられる。したがつて、申立人の母が別紙物件目録4、5及び7記載の土地取得の事実を知らなかつたとしても、その遺留分放棄に要素の錯誤があつたとは認められない

(3) また、申立人は地価高騰及び被相続人の財産のその後の増加により遺産の価額は2億円をくだらないものとなり、300万円の生前贈与は著しく低額になつた旨主張する。確かに地価の高騰は著しいものがあり、相続開始時の被相続人の遺産の総額は申立人の主張するように2億円程度になる可能性はあると考えられるが(ちなみに、仮にこれを前提とすれば、申立人の遺留分相当額は5000万円となるが、相続開始時における本件生前贈与の評価額も300万円ではなく、約840万円と見るべきものである)、本件においては遺留分放棄の前提になつた事情には、基本的には変化なく、事情の変更としては地価の高騰が主なものである。そして、遺留分放棄後財産が増減したり、価額が変動することは当然あり得ることであり、その後の地価の高騰というような社会一般の変動は、これを考慮しないことが著しく不当、不正義な結果をもたらすような特別な事由がない限り、直ちに取り消しの事由とはならないというべきである。まして、本件では相続が開始しているのであるからなおさらで、これを容易に認めることは、被相続人が生前贈与により、遺留分を放棄してもらい、自己亡きあとの紛争を回避しようとした趣旨を没却させるものである。そのほかにも、遺留分放棄の前提となつた事情が著しく変化し、その結果放棄を維持することが明らかに著しく不当になつたと認められる事情は見当たらない。

そうすると、本件遺留分放棄の許可審判はこれを取り消すべき事由がないといわざるをえない。よつて、本件申立ては理由がないから却下することとし、主文のとおり審判する。」


この記事は、2020年4月26日時点の情報に基づいて書かれています。

【質問】

父が亡くなりました。相続人は、長男・次男・三男の3人です。

父は、個人事業をしており、長男がそれを継ぐということになったので、長男が父の遺産を全て相続し、次男と三男は何も相続しない、という内容で遺産分割協議をしました。

 

しかし、父が死んでから半年ほど経った頃に、国民政策金融公庫から次男と三男宛に手紙が届きました。そこで長男を問い詰めたところ、父が生前借りていたという借金が5000万円残っていたということが発覚しました。

父にこれだけの借金があったのであれば、次男と三男は遺産分割協議ではなく、間違いなく相続放棄をしていました。

 

遺産分割協議をしてしまった後でも、相続放棄をすることは可能でしょうか。

【説明】

相続人が「被相続人の借金を一切相続したくない」という場合に主にとられる方法は、家庭裁判所に対して相続放棄の申述を、相続開始後3か月以内に行う、というものになります。

この相続放棄をするための要件として重要なのは、

1 相続開始後3か月以内に行うこと

2 相続の承認と見られる行為を行わないこと

となります。

ここで、2とは、簡単に言うと相続人が相続財産の一部でも処分する行為のことを言います。

例えば、

・被相続人名義の預貯金の解約・払戻をして受け取り費消すること

・遺産分割協議を行い、遺産の分割方法を決めて合意すること

・遺産不動産を売却して処分すること

等がこれにあたると考えられています。

以上を踏まえると、本件の設例では、相続人間ですでに遺産分割協議をしていますので、相続の承認をしてしまっており、相続放棄の申述は認められないようにも思われます。

他方で、遺産分割協議をした時点では、相続人は多額の借金があったことは全く知らなかったものであり、放棄ができないとなると酷ではないか、という疑問もあります。

この問題について判断したのか、大阪高等裁判所平成10年2月9日決定です。

本件はこの裁判例をモチーフにしたものですが、この事案は

・相続開始から3か月経過後でも相続放棄ができるか。

・遺産分割協議により相続の承認がされている後でも、相続放棄が認められるのか。

という2点が問題となりました。

まず、相続開始から3か月経過した場合の相続放棄の申述については、

「三か月以内に相続放棄をしなかったことが、相続人において、相続債務が存在しないか、あるいは相続放棄の手続をとる必要をみない程度の少額にすぎないものと誤信したためであり、かつそのように信じるにつき相当な理由があるときは、相続債務のほぼ全容を認識したとき、または通常これを認識しうべきときから起算すべきものと解するのが相当である。」

として、例外的に、相続開始から3か月経過後であっても相続放棄が可能な場合があることを示しました。

また、遺産分割協議成立後でも相続放棄が可能かどうかという点については、遺産分割協議が錯誤で無効になると評価されるものであったならば、相続の承認の効果も生じないと解されるので、なお相続放棄が可能と解釈できる場合があると判断しました。

「抗告人(筆者注:相続放棄を主張する相続人)らは、他の共同相続人との間で本件遺産分割協議をしており、右協議は、抗告人らが相続財産につき相続分を有していることを認識し、これを前提に、相続財産に対して有する相続分を処分したもので、相続財産の処分行為と評価することができ、法定単純承認事由に該当するというべきである。」

「しかし、抗告人らが前記多額の相続債務の存在を認識しておれば、当初から相続放棄の手続を採っていたものと考えられ、抗告人らが相続放棄の手続を採らなかったのは、相続債務の不存在を誤信していたためであり、前記のとおり被相続人と抗告人らの生活状況、Bら他の共同相続人との協議内容の如何によっては、本件遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないと見る余地がある。」

「そうすると、本件申述を受理すべきか否かは、前記相続債務の有無及び金額、右相続債務についての抗告人らの認識、本件遺産分割協議の際の相続人の話合の内容等の諸般の事情につき、更に事実調査を遂げた上で判断すべき」である。

相続放棄は、冒頭で述べたように、期間制限など厳しい要件がありますが、これら要件を満たさなかったとしても、例外的に認められた裁判例もありますので、もし問題が生じていたとしても諦めずに早めに専門家に相談してその可否を判断してもらうことが重要です。


この記事は、2020年4月22日時点の情報に基づいて書かれています。

【質問】

親が亡くなり、相続人は兄弟二人です。私は弟です。

遺産は預金が2000万円と親の実家の不動産のマンションが一戸(評価額は約2000万円)という状況です。

マンションについては、いつ売れるかわからないので、とりあえず預金についてだけ、兄弟で分けるということになりました。

兄が親と同居して面倒を見てくれていたので、私は預金は兄が全て相続するということで了承し、不動産については売れたお金を2分の1ずつの相続分で分ければよいと考え、預金については、兄が全て取得するという内容での遺産の一部分割を行いました。

 

しかし、その後、兄と不仲になりましたので、やっぱり法定相続分通りに分けるべきだと考えるようになりました。

法定相続分を考えれば、遺産の一部分割で兄が預金を全て取得したのですから、私はマンションの売却代金を全て取得するのが公平だと考えています。

このような話の進め方は可能でしょうか。

【説明】

遺産の一部分割については、例えば遺産が不動産や株など多岐にわたり全体の分割をするとなると時間がかかる場合や、一部の遺産の分割方法(不動産)についてだけ争いがあるものの、その他の遺産については特に争いがなく分けてしまうことが可能な場合などに、よく行われています。

しかし、遺産の一部を分割した場合、残余の遺産についてどのように分割すべきかという点について、しっかり決めておかないと、本件のように後々問題が生じることがあります。

遺産の一部分割と残余遺産への影響については

① 一部分割は残余の遺産分割に影響を与えない(一部分割の遺産は全く存在しないものとして残余の遺産分割を行う)

② 一部分割した遺産と残余の遺産をトータルで計算して、各相続人が法定相続分(もしくは合意した相続分)を取得できるよう残余の遺産分割を行う

の2つのパターンが考えられるところであり、一部分割を行う場合は、上記のいずれかを行うかを一部分割協議書に明記しておくことが肝要です。

もし、上記のいずれかで行うかが明記されていなかった場合(もしくは明示的に合意されていなかった場合)に、どちらと解釈すべきかは問題となります。

この点について、判断したのが東京家庭裁判所昭和47年11月15日審判です。

この審判例では、遺産の一部分割が行われる場合というのは、原則として上記②(一部分割した遺産と残余の遺産をトータルで計算して、各相続人が法定相続分(もしくは合意した相続分)を取得できるよう残余の遺産分割を行う)と解釈するのが合理的であって、特段の事情がある場合には、一部分割された遺産を除外して残余の遺産分割を行うべきと判断しています(以下審判要旨です)。

「残余財産の分割において、遺産全体の総合的配分の公平を実現するために、残余遺産についてのみ法定相続分に従つた分割で足りるか、一部分割における不均衡を残余遺産の分配において修正し、遺産全部について法定相続分に従う分割を行なうべきかが問題となる」。

「この点については一部分割の際の当事者の意思表示の解釈により定まり、共同相続人が一部分割の不均衡をそのままにし、すなわち一部分割における自己の法定相続分に不足する部分については各当事者が持分放棄あるいは譲渡の意思で一部分割を行なうときは、残余遺産につき前者の方法によることを承認したものとみられる」

「このような特段の意思表示のないときは、残余遺産につき後者の方法によることを承認したものと推認すべきものと解される。」

以上を踏まえると、本件設例では、弟が、兄に対して「預金は一部分割後に遺産分割から除外して、後の不動産を法定相続分で分割する」という意思を明示していた場合は、弟は前言を翻して主張することは難しいと言えます。

いずれにしても、遺産の一部分割を行う場合は、残余の遺産分割との関係を協議書等でしっかりと明記しておくことが重要です。


この記事は2020年4月19日時点の情報に基づいて書かれています。

被相続人により、「全財産を●●に相続させる」といった偏った内容の遺言書が遺されていた場合、遺留分を侵害される相続人が生じる場合があります。

この場合、遺留分を侵害された相続人には、遺留分侵害額請求権が発生します。

遺留分侵害額の具体的な金額を出すためには、まず、各相続人の遺留分割合をかけるための「相続財産の全体額」を算出しなければなりません。

ここで基礎となる相続財産とは、原則として

「被相続人が死亡時(相続開始時)に有していた財産全体」に

「相続開始前の1年間になされた第三者への贈与」と

「相続開始前の10年間になされた相続人への贈与」

を加えた金額となります。

ここで一つ問題となるのは、「相続開始前の10年間になされた相続人への贈与」について、その金額をどのように評価するか、という問題です。

この点については、最高裁判例(最高裁判所昭和51年3月18日判決)により、

「被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に、右贈与財産が金銭であるときは、その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきものと解するのが、相当である。」

と判断されています。

すなわち、「特別受益がなされた時点の評価額」ではなく、「相続開始時点の評価額」で算定すべき、ということになります。

例えば、相続開始の9年前に相続人へ1000万円の贈与がなされていた場合、相続開始時点と貨幣価値が大きく変動していた場合は、この1000万円を相続開始時点の貨幣価値に換算して評価すべき、ということとなります。

この問題は、現金の場合は、10年では貨幣価値が大きく変動することが現状ではほぼ生じていないために問題となりませんが、価値が大きく変動しうる特別受益、例えば

・不動産

・株式などの有価証券

の贈与の場合は問題となります。

たとえば、被相続人から当時1000万円だった土地を9年前に贈与され、それが相続開始時点では3000万円となっていた場合には、3000万円と計算して相続財産の価額に加えることになります。

株式についても同様で、例えば、●●会社の株を5年前に200株贈与された場合には、その株式の相続開始時点の評価額で計算するということになります。

以上の通り、特別受益の評価額の計算は「相続開始時点の評価額」ということとなります。

現物か、現金かにより評価額が大きく異なってくる場合もありますので、特別受益が争点となった場合には、土地や株などの「現物」で贈与がされたのか、それとも、購入資金等の「現金」で贈与を受けたものか、という点の検討が必要となります。


この記事は2020年4月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【設例】

妻も子供はおらず、相続人は兄弟姉妹のみ、という方が亡くなりました。

この方は、生前に遺言書を作成していたところ、その内容は、自分の死後に全財産を処分してその金銭を、かねてから信仰していた宗教団体にすべて寄付するというものでした。

遺言執行者には、被相続人の知人(宗教団体の信者)が指定されていました。

 

被相続人の死後、遺言執行者は遺言に従って財産を処分しましたが、相続人たち(兄弟姉妹)には何も伝えず、また財産目録の交付などは一切行いませんでした。なぜなら、相続人は兄弟姉妹であり、遺留分を有していなかったから、特に伝えなくとも問題ないと考えたからでした。

 

このような場合に遺言執行者は責任を負うことがあるでしょうか。

【答え】

遺言執行者に選任された者は、

・相続財産の目録を作成して、相続人に交付すること(民法1011条)

・相続人から要求があったときは、遺言執行の状況を報告すること(民法1012条)

という法律上の義務を負っています。

もっとも、設例のようなケースですと、兄弟姉妹の相続人には遺留分がありませんので、被相続人の遺産を一切取得することができません。

そうだとすると、相続財産の目録の交付を受けたり遺言執行に関する報告を受けることに対する実益は無いようにも思われます。

そこで問題となるのは

「遺留分の権利もない相続人に対しても、遺言執行者は報告義務を負うか」

という点です。

設例のケースは、東京地方裁判所平成19年12月3日判決の事例をモチーフにしたものですが、この事例では、相続人(兄弟姉妹)は、遺言執行者に対して、遺言執行の詳細を明らかにせず、相続財産目録も交付しなかったことなどを違法として、相続人が支出した調査費用実費のほか精神的苦痛に対する慰謝料等を請求するとともに,相続財産目録その他の関係書面の写しの交付を請求しました。

この事案で、裁判所は、まず遺言執行者の負うべき説明・報告義務として

「まず,現行民法によれば,遺言執行者は,遺言者の相続人の代理人とされており(民法1015条),遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付しなければならないとされている(民法1011条1項)ほか,善管注意義務に基づき遺言執行の状況及び結果について報告しなければならないとされている(民法1012条2項,同法645条)のであって,このことは,相続人が遺留分を有するか否かによって特に区別が設けられているわけではないから,遺言執行者の相続人に対するこれらの義務は,相続人が遺留分を有する者であるか否か,遺贈が個別の財産を贈与するものであるか,全財産を包括的に遺贈するものであるか否かにかかわらず,等しく適用されるものと解するのが相当である。」

「したがって,遺言執行者は,遺留分が認められていない相続人に対しても,遅滞なく被相続人に関する相続財産の目録を作成してこれを交付するとともに,遺言執行者としての善管注意義務に基づき,遺言執行の状況について適宜説明や報告をすべき義務を負うというべきである。」

と述べ、遺留分を有しない相続人に対しても説明・報告義務があるという原則を述べました。

もっとも、常に上記原則に拠るべきとまで断定するわけではなく、

「遺言執行者から,遺贈をした遺言者の遺志が適正に行われることにつき重大な関心を有する相続人に対して,遺言執行に関する情報が適切に開示されることは,遺言執行者の恣意的判断を排除して遺言執行の適正を確保する上で有益なものということができる反面,遺留分を有しない相続人による遺言執行行為への過度の介入を招き,かえって適正な遺言の執行を妨げる結果になることも懸念されるところであるから,個々の遺言執行行為に先立って常に相続人に対して説明しなければならないとすることは相当ではない。」

との理由から

「遺言執行者から相続人に対してなされるべき説明や報告の内容や時期は,適正かつ迅速な遺言執行を実現するために必要であるか否か,その遺言執行行為によって相続人に何らかの不利益が生じる可能性があるか否かなど諸般の事情を総合的に勘案して,個別具体的に判断されるべきものである。」

と述べ、説明・報告義務の内容については、個別事情を考慮した上で判断されるべきとの限定も付しています。

また、遺言執行者が就任したことや、遺産を処分する際に事前に相続人に通知すべきか否か、という点については、

「遺言執行者は,相続人が何らかの事情によって被相続人が遺贈をしていることを知っていることを把握している場合や,相続財産が動産や現金等だけで不動産を含まず,即時取得(民法192条)の規定などによって第三者も保護されるような場合でない限り,相続人が不測の損害や不利益を被ることがないよう,前述の遺言執行者としての善管注意義務(民法1012条2項,同法645条)の一内容として,相続人に対し,遅滞なく遺言執行者に就任したことを通知するか,又は,相続財産に属する不動産の換価処分に先立って当該不動産を遺言により換価処分する旨を通知しなければならないというべきである。」

と述べ、遺言執行者の通知義務を認めています。

以上を踏まえて、本件事案については、遺言執行者はこれらの義務に違反したとして、相続人から遺言執行者への損害賠償責任が認められました。

なお、損害額は

・弁護士費用(訴訟まで提訴したことについての費用含む)として40万円

・調査費用として5万円

・慰謝料として相続人一人あたり10万円

と認定しています。

慰謝料については、義務違反があったからと言って当然に認められたというわけではなく、この事案に特有の事情(末尾参照)を認定して認めていますので、この点はケースバイケースの判断になるものと考えられます。

遺言執行者は、弁護士などの専門家が選任されている場合もあれば、子供や配偶者など、被相続人の身近な親族が選任されていることもあります。

この判例が認定しているように、遺言執行者には、その職務上様々な法的義務が課されており、それは遺言執行者が専門家か否かによって異なるわけではありませんので、この点に留意して遺言執行行為を行うべきということとなります。

【参考:東京地方裁判所平成19年12月3日判決(慰謝料部分の判示)】

「オ そして,原告らは,これらの財産的な損害のほか,前記認定のとおり,原告らの知らないうちに平成18年3月14日付けで本件土地・建物につき原告ら名義の相続登記がなされていたことや,粕谷弁護士に依頼して被告らに経緯を尋ねたにもかかわらず遺言執行の詳細について明らかにしてもらうことができず,そうこうしているうちに,同年6月9日には練馬都税事務所から「X1様方B様」として原告X1宛に固定資産税等の納税通知書が送付されてきたことなどから,誰かが原告らの実印や印鑑証明書などを盗用したり偽造したのではないかとか,関係のない税負担だけを強いられることになるのではないかなど,精神的な損害を被ったこと,しかも,そのような混乱の原因には被告らの当時の代理人による形式的な対応が背景となっていることも否定できない事実である。したがって,そのような本件に顕れた諸般の事情を総合的に勘案すれば,原告ら各人が受けた精神的な損害に対する慰謝料としては,原告1人当たり10万円をもって相当とする。」


この記事は2020年4月5日時点の情報に基づいて書かれています。

遺言書は、法律の定める方式(日付の記載、押印の有無など)に従って書かれていない限り無効とされます。

また、たとえ方式に従って書かれている遺言であったとしても、その具体的な内容(どの遺産を誰に相続させたいのか)がしっかり書かれていないと、やはり効力が生じないということになってしまいます。

もっとも、遺言書の文言だけでは判然としない、という内容であったとしても、可能な限り遺言者の遺志を汲んで有効になるように解釈すべき、というのが最高裁判所の考え方です。

最高裁判所昭和58年3月18日判決は、遺言書の解釈指針について、以下のように述べています。

「遺言の解釈にあたつては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであ」る。

「遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたつても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。」

もしも、趣旨が判然としない遺言書の文言があったとしても、上記指針に従って、文言だけではなく、その他の条項や周辺事情も踏まえた遺言書の解釈というものが重要となります。


この記事は2020年3月29日時点の情報に基づいて書かれています。