相続・遺言無効・遺留分請求のための弁護士相談

公正証書遺言であっても、後にその遺言の効力が遺言無効確認訴訟で争われることがあります。例えば、

・遺言書を作成した当時、親が重度の認知症だった

・遺言書を作成したのが、重病で入院中で、しかも死亡した日の一週間前だった

という場合、遺言書によって不利益を受ける相続人にとっては、その遺言書は

「本当に親の意志でつくられたものなのか?」

と納得できない気持ちに駆られることは避けられないですよね。

そうなると、この遺言書が有効か無効かを法的に争うという事態にも発展していきます。

裁判所が、その遺言書が有効なのか、無効なのかを判断するにあたっては、

遺言書を作成した当時、遺言者に「遺言能力」があったかどうか

という点を中心に審理します。

この「遺言能力」とは、遺言書を遺す者が、遺言の内容をしっかり理解できるだけの知的判断能力、を言います。

したがって、遺言能力が争われるケースとして多いのは、遺言書の作成当時に認知症と診断されていた高齢者が遺言を作成していた場合です。

また、認知症ではなかったとしても、重篤な病の治療・投薬等の影響で衰弱し、精神状態にも異常が生じていた場合なども、遺言能力がないと判断されることがあります。

東京高等裁判所平成25年8月28日判決のケースは、認知症の高齢者ではなく、癌の鎮痛剤等の薬剤の影響で精神状態に異常をきたしていた高齢者が作成した公正証書遺言を無効としました。

このケースは、遺言者が、末期癌の対症療法・緩和療法を受けるため入院し、それから間もなくして病院で公正証書遺言が作成され、さらにその6日後に死亡した、という事例です。

このケースで、裁判所は

①Aは,進行癌による疼痛緩和のため,病院より麻薬鎮痛薬を処方されるようになり,病院に入院した後は,せん妄状態と断定できるかどうかはともかく,上記の薬剤の影響と思われる傾眠傾向や精神症状が頻繁に見られるようになったこと

②本件遺言書作成時の遺言者の状況も,公証人の問いかけ等に受動的に反応するだけであり,公証人の案文読み上げ中に目を閉じてしまったりしたほか,自分の年齢を間違えて言ったり,不動産を誰に与えるかについて答えられないなど,上記の症状と同様のものが見受けられたこと

③本件遺言の内容は,平成22年1月時点での遺言者の考えに近いところ,遺言者は,同年7月に上記考えを大幅に変更しているにもかかわらず,何故,同年1月時点の考え方に沿った本件遺言をしたのかについて合理的な理由は見出しがたい

ということを理由にして、遺言書作成当時,遺言能力がなかったと判断しました。

この事案では、遺言者の病室に公証人が赴き、そこで公正証書が作成されたのですが、その際の事実経過が判決では細かく認定されています。

例えば、

「遺言公正証書作成の際のやりとりは,基本的には,公証人が,同案文に沿って誘導的な質問をし,被相続人が(酸素マスクを装着したまま)「うん」あるいは「ああ,はい」等の声を発するという形で進められた。」

「このやりとりの中で,被相続人は,不動産を誰に取得させるかとの旨の質問に対しては,当初「春野」と答えるなどし,その後,公証人の誘導的な質問が繰り返された後,くぐもった声で「春野,一郎」と聞こえる名を挙げた。また,事前に用意されていた公正証書遺言の案文を被相続人が見ながら,公証人が読み上げをすることが予定された場面では,被相続人は,すぐに目を閉じてしまった。」

「さらに,被相続人は,年齢を聞かれ,明らかに実際とは異なる年齢(57歳や67歳)を答えるなどした。なお,公証人からは,他に,肯定か否定で答えられないような質問も格別なされず,また,被相続人の方からも,積極的に何か言うこともなかった。」

と認定されています。

ここまであからさまに公証人と遺言者とのやりとりが判決上認定されていることは驚きではありますが(公証人が証言したのでしょうか)、遺言者の心身の状態はかなり悪かったことは容易に窺われ、遺言能力の欠如に裁判所が傾くのも至極当然のように考えられます。

このような経緯が認定されたとなれば、遺言書を無効と訴えている遺族側からすれば、無効にならなければ全く納得できないでしょう。

本件は、認知症ではなかった高齢者の公正証書遺言無効事例として、また重病で病に伏していた方が死の直前に作成した公正証書遺言について無効にした事例として、参考になると思われます。

【注意】

平成30年7月の相続法改正により遺留分侵害請求権が金銭債権の請求権とされたことにより、本事例の争点の考え方については、改正法施行後は取り扱いが変わることにご留意ください。

・長男と次男が相続人で、遺産は不動産しか遺されていなかった
・「不動産は長男に相続させる」という遺言が遺されていた

このような不公平な遺言が遺されていた場合、納得出来る理由がなければ次男としては感情的に受け入れ難いものです。

では、次男としてどうすべきかということとなると、まずは長男に対して遺留分減殺請求を検討すべきこととなります。

この場合には、ごく簡単にいえば、次男の遺留分割合は遺産の4分の1となりますので、遺留分は遺産たる不動産の4分の1について生じることとなります。

そこで、次男としては、長男に対して

「不動産の持ち分の4分の1を登記せよ」

と主張します。

また、交渉の進め方として「不動産の価格の4分の1相当額を支払え」と求めることも可能です。ただし、法律上は、価格弁償の請求は遺留分権利者からはできないのが原則です(この点は、こちらの記事で詳しく解説しています)。

次男からの遺留分の請求に対して協議が進めば良いのですが、長男が移転登記にも代償金の支払にも応じずに、その不動産を他の第三者に売却処分してしまう、という場合も起こりえます。
このような場合、次男は自分の遺留分を確保するためにどのような手段をとれるのでしょうか。

この場合の次男の権利保護の方法については、東京地裁平成3年7月3日判決が判断しています。

同判決は

「遺留分権利者である原告が遺留分減殺の意思表示をなした後、受遺者である被告が、遺留分減殺の対象となった財産を第三者に売却処分した場合については、」「不法行為の要件を充たす場合に限り、損害賠償の請求ができるにとどまると解すべきである。」

と述べています。

要するに、受遺者が遺留分権利者を害することを認識して不動産を売却処分した場合には、遺留分権利者は不法行為が成立し損害賠償を求めることができる、のです。

この場合の損害額については、遺留分減殺によって遺留分権利者が取得した共有持分割合の価格が損害であるとされています。

したがって、仮に遺産たる不動産を処分されてしまったとしても、結論としては遺留分割合に相当する不動産の価格については損害賠償として請求できますので、遺留分権利者の権利が無くなることはありません。

もっとも、損害賠償請求が可能であるとしても、相手が財産の隠匿などを行い、支払にも応じない、さらに裁判所の判決にも従わない、という極めて悪質なケースの場合には、回収が困難になるおそれもあります。

特に不動産は、差押などの執行が容易ですが、不動産を売却処分して流動資産に変えられてしまった後は、その捕捉はなかなか難しいのが現状です。

したがって、受遺者において、不動産を売却して、さらに価格弁償も踏み倒そうと言うような悪質な対応が予想される場合には、遺産たる不動産について、予め処分禁止の仮処分の申立を行って、権利を保全しておくということも検討すべきです。


東京地裁平成3年7月3日判決

「遺留分権利者である原告が遺留分減殺の意思表示をなした後、受遺者である被告が、遺留分減殺の対象となった財産を第三者に売却処分した場合については、原告は、民法一〇四〇条一項本文の規定により、被告に価額弁償を求めることはできず、不法行為の要件を充たす場合に限り、損害賠償の請求ができるにとどまると解すべきである。

すなわち、遺留分減殺請求権は形成権と解すべきであり、減殺の意思表示がなされた時点で遺留分侵害行為はその部分の限度で遡及的に効力を失い、不動産については受遺者と遺留分権利者がそれぞれの持分割合で共有する関係に立つことになるから、それ以後は右によって新たに形成された権利関係を基礎にして物権・債権的な関係を生ずるに過ぎず、更に遺留分に関する民法の規定を適用する余地はないと解すべきであり(なお、民法一〇四〇条一項が「減殺を受けるべき」と規定し、「減殺を受けた」と規定していないことも、減殺の意思表示後の権利移転等の場合には適用されないことを示しているとみることができる)、本件のように、受遺者が遺留分権利者の持分部分を含めて当該不動産を売却した場合には、共有持分権者の一人が他の共有者の持分を含めて共有物全部を売却した場合と解すべきであって、一〇四〇条の適用を認めることはできないということができる。

そこで、不法行為の成否につき検討するに、権利を譲り受けた第三者と遺留分権利者の関係は、登記の有無によってその優劣を決すべきであり、右第三者が先に登記を経た場合には、遺留分権利者は遺留分減殺に基づく権利移転を第三者に対して主張できなくなるところ、本件では、権利を譲り受けた第三者である訴外会社は既に移転登記を経ており、原告は、訴外会社に対して遺留分減殺によって取得した持分権を主張することができなくなったこと、被告は、遺留分減殺の意思表示を受け、本件土地及び本件建物の持分の一部が原告に移転したことを知りながら本件土地及び本件建物を訴外会社に売却しており、原告の権利を侵害するについて故意又は過失があったことは明らかであるから、不法行為が成立し、原告が被った損害を賠償する義務があるというべきである。そして、損害額については、遺留分減殺によって原告が取得した共有持分割合の価格が損害であるとみるべきであり、本件土地及び本件建物の価格の合計額二億八四八〇万円に対する二億八九三八万五一七三分の一九五三万〇四三一の割合である一九二二万〇九八〇円(一円未満切捨て)が原告に発生した損害と認めることができる。」


2016年2月25日更新

民法1042条は

「減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。」

と規定しています。

したがいまして、遺留分減殺請求権は、「相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時」から起算して1年以内に行使しなければ、時効により消滅してしまいます。

請求の方法自体は、こちらのページに記載しているとおりですが、基本的には、この起算点から1年以内に「請求」をすればよく、具体的には内容証明郵便で遺留分減殺請求権を行使する旨を相手方に伝えれば良いとされています。

ここで、問題になるのは、

「減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時」

とは、具体的にいかなる時を言うのか、という点です。

この点について判示した裁判例として東京高等裁判所昭和52年4月28日判決、及び大阪高等裁判所平成7年8月24日判決があります。

まず、大阪高判は、「知った時」の解釈として

「遺留分減殺請求権を行使することは通常は容易であること及び民法一〇四二条が短期の消滅時効を規定して法律関係の早期安定を図った趣旨に照らすと、ここでいう「知った」とは的確に知ったことまでも要するものではなく、遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使することを期待することが無理でない程度の認識を持つことを意味するものと解すべきである。」

と述べています。

さらに、東京高判は、

「当該贈与の効力がそのまま維持されると右割合額による遺留分権利者の利益がなんらかの範囲で損われるということについてのそれであることを要し、かつこれをもって足りるのであって、遺留分の精密な算定や遺留分侵害の正確な割合、したがって減殺を請求しうる範囲などについて具体的な認識がなくても、消滅時効の進行が開始することの妨げとならないものと解するのが相当である。」

と述べています。

以上を踏まえると、

贈与や遺贈の事実を知りさえすれば消滅時効が進行するというわけではないが、

遺留分の精密な算定や遺留分侵害の正確な割合などについて具体的な認識がなくても、消滅時効が進行する

ということになります。

この辺りの解釈はどうしても曖昧な部分が残りますが、実務的には、遺言書によって贈与、遺贈がなされているケースが大半です。

したがって、遺言書の内容が明らかとなった時点(例えば、金庫から遺言書が発見された時点や、相続人の一人から遺言書の内容を明らかにされた時点などが)から時効が進行すると考えて、遺留分の請求のために行動をした方が無難であるといえます。


2016年2月23日更新

Q 私は、父の生前、父の所有名義の土地上に私名義の建物を建てて、父と同居していました。

しかし、その後父と不仲になり、父は家から出て行ってしまいました。

父の死後に、私の家が建っている父名義の土地について、私の弟に相続させるという遺言書が遺されていました。

父の遺産は、土地が大半ですので、父の遺言書により私の遺留分が侵害されており、弟に対して遺留分減殺請求をしました。

すると、弟は

・兄は父の土地を無償で使用していたのであり、その賃料相当額の利益(贈与)を受けている

・父の土地を無償で使用していることについて使用貸借が成立しているから、使用貸借権相当の贈与を受けている

・したがって、遺留分相当額の利益(贈与)を受けており、遺留分は無い

と反論しています。

弟の主張は正しいのでしょうか。

A 使用貸借権が成立している場合、更地価格の15%前後の価格について贈与がされたと評価されます。

被相続人の子どもが、被相続人の生前に、その土地上に自分の名義の建物を建てて同居する、ということはよく見られる事例です。

そして、このような事例では、被相続人の死亡後に、遺産である土地の価値、その使用関係をめぐって紛争になることが多いというのも実情です。

すなわち、被相続人が生前に相続人に被相続人の土地上に相続人所有の建物を所有することを容認し,無償で一定期間使用させているような場合に,相続人の得た利益をどのように評価するのが相当かということが問題となります。

具体的に言えば、

① 子どもが親の土地を長年無償で使用していたことの利益(賃料相当額)が生前贈与として特別受益になるのではないか。

② 使用貸借が成立していることにより、使用貸借権相当額の利益の贈与を受けているのではないか。

という点を巡って問題となります。

本件は、東京地裁平成15年11月17日判決の事例をモチーフにした事例ですが、東京地裁は、

① 賃料相当額は使用貸借権から派生するものであり、贈与として認められない。

② 使用貸借権の成立については、更地価格の15%を使用貸借権の価格とし、同価格については贈与がなされたものと認められる。

と判断しました。

すなわち、東京地裁は、

「遺留分侵害額算定に当たり,本件土地の使用貸借権の価値をどのように評価するのが相当であるかということが問題となる。」

「この点について,被告は,使用期間中の賃料相当額及び使用貸借権価格をもって本件土地の使用貸借権の価値と評価すべきであると主張する。」

「しかし,使用期間中の使用による利益は,使用貸借権から派生するものといえ,使用貸借権の価格の中に織り込まれていると見るのが相当であり,使用貸借権のほかに更に使用料まで加算することには疑問があり,採用することができない。」

「したがって,原告が太郎から受けた利益は本件土地の使用貸借権の価値と解するのが相当である。」

と述べて、賃料相当額については利益性を否定しました。

そして、使用貸借権の価値については、

「鑑定の結果によれば,」「取引事例比較法に基づく比準価格及び収益還元法に基づく収益価格を関連付け,更に基準値価格を規準として求めた価格(規準価格)との均衡に留意の上」「本件土地の更地価格を算出し,これに15%を乗じた価格」「をもって本件土地の使用貸借権価格としているが,その算出経過には不自然,不合理な点は認められない。」

と述べて、更地価格の15%相当額であると評価しています。

上記の通り、本件判決は、使用貸借権相当額を、更地価格の15%と評価しましたが、他の裁判例等(東京高決平9.6.26)では、更地価格の30%と評価した事例もあり、概ね10〜30%の間で評価される傾向があると考えられます。

遺産分割調停・遺留分減殺請求調停・訴訟等に当たっていると、

「親の不動産を無償で長年使用していたのだから、その賃料相当額の利益は特別受益となるはずだ」

という主張は、とても多く目にするところです。

しかしながら、裁判実務の傾向に照らせば上記の主張が認められることは困難である、ということは留意する必要があります。


2016年2月23日更新

遺留分の算定方法は、遺留分の計算方法で詳しく説明していますが、ごく簡単にいえば、遺留分の算定にあたっては、遺産の総額から
被相続人の債務(借金)
を差引いた上で、各人の遺留分額を算定します。

したがいまして、債務(借金)の有無は、遺留分の金額を大きく左右する要素です。

この債務(借金)に含まれるか否かが問題となるものとして
被相続人が連帯保証人だった場合の保証債務
があります。

例えば、親が友人・知人又は会社の借金1000万円の連帯保証人となっていた場合は、1000万円が遺留分の算定において控除されるのか、という問題です。

この点については、東京高裁平成8年11月7日判決は、

原則として、保証債務は遺留分の算定において考慮されない

と判断しました。

すなわち、東京高裁は

「主たる債務者が弁済不能の状態にあるため保証人がその債務を履行しなければならず、かつ、その履行による出捐を主たる債務者に求償しても返還を受けられる見込みがないような、特段の事情が存在する場合でない限り」

「民法一〇二九条所定の「債務」に含まれないものと解するのが相当である。」

と判断しました。

その理由として

「保証債務(連帯保証債務を含む)は、保証人において将来現実にその債務を履行するか否か不確実であるばかりでなく、保証人が複数存在する場合もあり、その場合は履行の額も主たる債務の額と同額であるとは限らず、仮に将来その債務を履行した場合であっても、その履行による出捐は、法律上は主たる債務者に対する求償権の行使によって返還を受けうるものである」

と述べています。


2016年2月16日更新

Q 夫が先日亡くなりましたが、夫が亡くなる約半年前に、

【夫の全財産を夫の妹に相続させる】

という内容の公正証書遺言が作成されていたことが判明しました。

夫と私の間には子どもがおらず、そのため、夫は元気な頃に、私に財産を相続させるという内容の自筆の遺言を作成してくれていたにも拘らずです。

夫は、公正証書遺言を作成した当時、重度のうつ病、認知症であり、高熱を出して不穏行動を繰り返し、重篤な肺炎に罹患している状態でした。当時私も癌で入院しており、夫の妹に夫の世話を任せていたところ、このような遺言書が作成されてしまっていたのです。このような状態で、作成された遺言でも有効なのでしょうか。

A 遺言書が作成された当時、遺言者が、その遺言の意味,内容を理解し,遺言の効果を判断するに足りる能力、すなわち「遺言能力」を有していなければ、後にその遺言は、たとえ公正証書遺言であっても無効となります。

本件のケースは、東京高等裁判所平成25年3月6日判決のケースをモチーフにしたものですが、このケースでは、遺言書を作成した当時の遺言者の病状や行動を、カルテ等の資料からかなり詳細に認定した上で、

遺言能力がなかった

として公正証書遺言を無効としました。

この高裁判決で特徴的な判断部分を取り上げますと、同判決は、まず

「有効な遺言をするには、遺言者に遺言能力、すなわち遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力たる意思能力がなければならない。」

とした上で、

医師が「clear(清明)と記載したのは、いわゆる判断力についてではなく見当識は保たれているとの意味である旨回答しているのであり、見当識は意思能力より低い認識能力であることは明らかであるから、この診断書の記載から、本件遺言当時、遺言者に遺言能力があったと認めることは相当とはいえない。」

と判断しました。

認知証の程度については、

「本件遺言書が作成された同年三月二日の遺言者の精神状態を含む症状は認知症とみるほかないと解される。」

「問題はその認識能力のレベルであるが、この点については、二月一九日と二〇日には大声独語、幻視幻聴、妄想、ベッドよりの滑落、体動、言語活発などとかなり問題がある行動があり、同月二八日には精神科のI医師による情動不安定、易怒性、常同保続の所見から種々の薬剤が処方され、三月一日にもリスパダールが処方されていたのであるから、三月二日に不穏行動がなかったとしても、うつ病及び認知症という病気の影響や複数の薬剤による影響により、遺言者は、判断能力が減弱した状態にあり、遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な正常な判断能力、すなわち意思能力を備えていたと認めるのは困難である。」

と判断しました。

さらに、遺言者が当時要介護1という状態であったこと、及び遺言能力を肯定する内容の精神鑑定書については

「そもそも、介護認定は、介護支援を目的にするものにすぎず、医療機関による治療を目的とした医療行為の内容を否定する根拠とはなり得ない。」

「遺言者の精神鑑定書は、鑑定人が、遺言者を自ら診察した上で行われたものではなく、訴訟の一方当事者である受遺者の依頼に基づき作成されたものであるから、その結論に一定の影響が生じることが否定できないことからすると、上記二に判断した実際に看護及び治療に携わった医療機関の診察内容や判断を否定する根拠にはなり得ない。したがって、上記鑑定書の結論を採用することはできない。」

として、いずれも遺言能力無し、という結論には影響しない旨述べています。

なお、この裁判例は

「以上によれば、遺言者は、本件遺言書が作成された直近の時期及び三月二日に意思能力があったとは認められないから、特段の事情のない限り、本件遺言作成時においても意思能力がなく、したがって、遺言能力がないと推認される。」

と述べて、意思能力がない状況であっても例外的に「特段の事情」があれば、なお遺言が有効になる余地があると指摘しています。

この「特段の事情」とは、遺言が作成された経緯等の事情であると推測されます。

この点については、同判決は、まず

「本件遺言書作成当時、遺言者は、うつ病と認知症に罹患しており、平成一九年二月一九日と二〇日には大声独語、幻視幻聴、妄想、ベッドよりの滑落、体動、言語活発などの問題がある行動があり、同月二八日には精神科のI医師による情動不安定、易怒性、常同保続の所見から種々の薬剤が処方されていた状態であり、同年三月一日の時点においてもリスパダールを処方され、夜間時々覚醒していて不眠を訴えており、遺言者は、判断能力が減弱した状態にあり、意思能力を備えていたと認めることが困難である。」

と意思能力が無いことを認定した上で、

「この認定・判断を左右するに足りる特段の事情があるかをみると、②上記(2)エに説示したとおり、本件においては、遺言者のセンペルへの転院が本人の希望に反して受遺者の一存で行われ、受遺者が遺言者に無断で遺言者の住所を受遺者の自宅住所に変更し、無断で印鑑登録まで行い、遺言者が新たに遺言をしたいとの話を聞いてはいないのに、受遺者が遺言者から全財産の相続を受ける内容の遺言を作成する手続を行っている上、A公証人の本件遺言書等の作成手続には本人(自宅住所)確認の不十分、受遺者を排除していない、署名の可否を試みていない、遺言者の視力障害に気づいていない、任意的後見契約を遺言者が理解できたかなどの諸点に疑問があることは、むしろ上記①の認定・判断に整合するものである。」

「さらに、③遺言者は、自分の全財産を妻であるCに相続させるとの自筆による旧遺言書を作成しているところ、平成一九年三月二日当時、Cの病名やその進行程度について正しく認識しておらず、Cが生存中であるにもかかわらず、全財産を受遺者に相続させる旨の遺言を作成する合理的理由が見あたらない(受遺者の主張は、その前提を欠く。)。このことは、本件における重要な間接事実であり、仮に、遺言者との間にA公証人の回答にあるような遺言者の発言があったとしても、突然に現れたA公証人の来訪目的や遺言等の作成の意味を十分に理解し、真に本件遺言等を作成する意思の下に遺言者が応答したものと認めることは困難であるというほかない。」

として、遺言を無効と判断しました。

このケースにおいては、医療記録において、かなり詳細に遺言者の当時の状況が記録されていたこと、及び、妻の存命中にもかかわらず、夫が全財産を妹に相続させるという遺言内容の不合理性が、遺言無効の認定に大きく左右したものと思われます。

なお、このケースは、地裁判決では遺言は有効である、と判断されていたものの、東京高裁がこれを覆して無効と判断したものです。

認定されている事実は、地裁判決と高裁判決で大きく異なっているようではなく、事実の「評価」が地裁と高裁では真逆になったと言えます。

公正証書遺言の無効確認というものが、当事者にとっても裁判官にとっても、その判断において非常に困難を伴うものであるということ示した一例です。


2016年2月9日更新

Q 父が亡くなり、長男である私が全財産を相続するという遺言により、私が全財産を相続しました。

その後、次男と、三男からは遺留分の請求がされました。

父の遺産は、主に自宅の土地建物と株式ですが、自宅の土地建物は誰も住んでおらず空き家なので、価額弁償はせず遺留分の割合で次男、三男と共有となっても構わないと考えています。

しかし、株式は、父が経営していた会社の株式で、私がその会社の経営を引き継いでいますので、これを次男と三男に分けるとなると経営上問題が生じます。

したがって、株式については価額弁償したいと考えていますが、このように遺留分の請求に対して、一部の財産だけ価額弁償するということは認められるのでしょうか。

A 一部の財産についてのみ価額弁償の申し出をすることも認められます

【注意】

平成30年7月の相続法改正により遺留分侵害請求権が金銭の支払いを求める権利とされたことにより、本事例の争点の考え方については、改正法施行後は取り扱いが変わることにご留意ください。

【説明】遺留分減殺請求というのは、請求する側の立場としては、対象となるすべての遺産に対して行う必要があり、いわば、つまみ食い的に財産を選んで請求することは認められていません。

例えば、遺留分減殺請求の対象となる遺産として、土地建物、預金があった場合に、「土地建物はいらないから預金にだけ請求したい」と考えても、それは法律上認められず、すべての遺産に対して、遺留分が侵害されている割合をもって請求する必要があります。

これに対して、遺留分減殺請求をされた側の対応としては、減殺請求された遺産について相手に返還をしなければならないのが原則です。

これは、具体的に言うと、不動産については、その遺留分割合で共有状態としなければならず、預金についてはその遺留分割合相当額を支払う、ということになります。

もっとも、価額弁償の申し出、というものが認められており、例えば、不動産についてはその評価額に相当する金額を支払えば、返還する必要がない(共有状態にする必要がない)、ということが認められています。

そこで、疑問点として生じてくるのが、上記事案のように、一部の財産については返還し、一部の財産については価額弁償をする、というように選択することが認められるのか、という問題です。

この点については、特定の財産だけを選択的に受贈者が取得できるというのは、遺留分権利者に対して不当な結果となる、として否定的な見解がありましたが、最高裁判所平成12年7月11日判決は、価額弁償の申し出は各個の財産について選択的にできる、と判断しました。

すなわち、最高裁判所は、

「遺留分権利者のする返還請求は権利の対象たる各財産について観念されるのであるから、その返還義務を免れるための価額の弁償も返還請求に係る各個の財産についてなし得るものというべきである。」

「遺留分は遺留分算定の基礎となる財産の一定割合を示すものであり、遺留分権利者が特定の財産を取得することが保障されているものではなく(民法一〇二八条ないし一〇三五条参照)、受贈者又は受遺者は、当該財産の価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければ、遺留分権利者からの返還請求を拒み得ないのであるから」「、右のように解したとしても、遺留分権利者の権利を害することにはならないからである。」

と述べています。

したがいまして、本件の事案では、長男は株式についてだけ、価額弁償の申し出をすることは可能ということになります。

以上をまとめると

遺留分については、請求する側は

・財産を選択して請求することはできず、すべての財産に対して行わなければならない

・金銭の支払請求は、受遺者(相手方)が申し出た場合にのみ可能であり、受遺者側が拒んだ場合には、現物分割、すなわち不動産の場合は共有となる

ということとなりますが、

請求される側(受遺者)は、

・目的物の返還をするか、価額弁償するかは自由に選択できる

・価額弁償する財産については自由に選択できる

となっており、どちらかというと、請求される側(受遺者)側の方が裁量の余地があると言えます。


2016年2月8日更新

遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人が相続できることが保障されている最低限の持分・相続分のことをいいます。

そのため、被相続人の生前に、相続人との関係がどんなに疎遠であっても権利行使が認められるというのが原則です。

しかし、被相続人の生前に、相続人間で遺留分の放棄について合意に達していたような場合には、ごく例外的に、遺留分減殺請求権の行使が権利の濫用とされる場合があります。

東京高裁平成4年2月24日判決や、東京地裁平成11年8月27日判決において、被相続人の生前に相続人間で遺留分の放棄について合意していたものの、家庭裁判所に遺留分放棄の手続をせず、その後、相続発生後に遺留分の放棄に合意していた相続人が翻って遺留分の請求をした、という事案において、いずれも権利の濫用により遺留分減殺請求を認めませんでした。

すなわち

遺留分減殺請求権も私法上の権利であるから、民法の一般原則に従い、信義に従い誠実にそれを行使することを要し、その濫用が許されないことは当然である。

ということになります。

上記東京地裁の裁判例においては、

①遺留分の事前放棄の合意が地方裁判所の裁判官の主宰する和解手続においてなされたこと

②遺留分又はそれを超えるような財産の取得との対価関係において遺留分放棄が合意されていたこと

という事情を重視し

③単に家庭裁判所の許可がされていないという形式的な理由のみから、遺留分減殺請求を認めてしまうことは正義、公平の見地から問題である

として、遺留分減殺請求を権利の濫用と判断しました。

もっとも、上記考え方については、

・遺留分減殺請求権を信義誠実に行使すべきであるとして権利濫用は認めることが多くなると、遺留分減殺請求権の制度自体が意味がなくなり、共同相続人間の公平さを失うことになるという批判

・遺留分の事前放棄について安易に家庭裁判所の許可を不要とするような結果を導くことはできないという批判

もあります。

以上を踏まえますと、遺留分減殺請求権の行使が権利濫用と評価される場合というのは、極めて例外的事例と考えるべきですので、遺留分の放棄を検討する事案においては、基本的には遺留分の事前放棄の家庭裁判所の許可を得るよう努めるべきということとなります。


東京地裁平成11年8月27日判決

「本件和解により、亡信夫は、土地に関しては、四分の一の持分、即ち、亡義之介の相続によって得られる持分のみならず、亡キヨが死亡した際の相続によって得られる持分もあわせて取得しているところであり、それゆえにこそ、亡信夫は本件条項により、「亡信夫は、将来、亡キヨから受ける相続分に相当する財産を既に取得することを認める。」旨確認しているところである。そして、これに引き続いて、亡信夫は、「将来相続分及び遺留分を請求しないことを約束する。」と規定しているところである。本件条項がその重要性からして、単なる例文などではないことは明白である。

2そして、本件において亡信夫の包括承継人である原告らが、家庭裁判所の許可の手続が履践されていないことを奇貨として、遺留分を行使することを認めるならば、本件和解の合意に反し、原告らに二重取りを許すことになり、著しく信義に反することになる。」


2016年2月1日更新

遺留分を算定する方法は、こちらのページで説明しているとおりですが、ごく簡単にいえば

死亡時点の遺産の総額から、被相続人の債務(借金等)を控除した金額

を基礎として、各人の遺留分が算定されます。

ここで問題となるのは、
ある債務(費用)が、被相続人の債務として控除できるものに該当するか否か
ということです。

実務上問題となるのは、遺言執行者が選任されている場合に発生する遺言執行費用(報酬や各種手続にかかる費用)や、相続財産の管理費用(死後発生する遺産不動産の固定資産税等)です。

これらを遺留分算定を算定するにあたって債務として控除できるかという問題が有ります。

この点については、
控除できない
というのが通説です。

理由としては、

① 遺言執行費用については、民法1021条が「遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。ただし、これによって遺留分を減ずることはできない。」と規定していること

② 相続財産の管理費用については、民法885条2項が相続財産に関する費用は「遺留分権利者が贈与の減殺によって得た財産をもって支弁することを要しない」と規定していること

から導かれます。


2016年2月1日更新

 

Q 私は母と長年にわたり同居し、母のことを自宅で介護していました。

私には姉がいますが、姉は全く母のことには目もくれず、家に来ることもありませんでした。

母は生前私にとても感謝してくれ、母の遺産をすべて私に相続させるという遺言を書いてくれました。

しかし、母の死後に、母の遺言の内容を知った姉から

「遺言があっても、私には遺留分として4分の1の権利があるので請求をさせてもらう」(相続人は姉と私の二人だけです。)

と言ってきました。

姉に遺留分という権利が認められることは知っていますが、私は長年母の介護に尽力してきました。

このような介護による貢献を、寄与分として主張して姉の遺留分を減らすことはできないのでしょうか。

A 遺留分減殺請求に対して、寄与分の抗弁を主張することはできない、というのが民法及び裁判実務(東京高等裁判所平成3年7月30日判決)の考え方です。

遺産分割においては、介護による寄与分というものが認められる余地がありますが、遺留分の請求に対しては、寄与分というものは全く考慮されません。

それはなぜでしょうか。

その理由については、東京高裁平成3年7月30日判決は

「寄与分は、共同相続人間の協議により、協議が調わないとき又は協議をすることができないときは家庭裁判所の審判により定められるものであり、遺留分減殺請求訴訟において、抗弁として主張することは許されない」

と述べています。

また、上記裁判例の解説(判例タイムズ760号280ページ)では

「遺留分額算定に関する民法一〇二八条以下の規定中に寄与分に関する民法九〇四条の二は準用されてなく(同法一〇四四条参照)、実体法上遺留分額算定に当たって寄与分を考慮する余地がない」

「手続的にみても、寄与分は、遺産分割の審判の申立てがあった場合など一定の場合に限って(同法九〇四条の二第四項)、しかも家事審判により形成されるものとされているから(家事審判法九条一項乙類九号の二)、遺留分減殺請求事件の訴訟手続において寄与分について判断することはできないというほかない。」

と説明されています。

要するに、

法律が規定していないので、認められない。

ということになります。

なぜ、法律は、遺留分に対する寄与分の抗弁というものを規定していないのか、その理由は「相続人の生活保障のために、相続人に最低限の権利を留保する」、という遺留分制度の趣旨から導かれるものと考えられます。


2016年1月10日更新